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6.霊次郎
墓場霊次郎は考えていた。
腕組みしながら考え、時には両手を腰に当てて考えた。
レジ打ちしながら考え、温めた客の弁当を渡し忘れるくらい考えた。
休憩中、バックヤードで煙草を吸う間も考えた。
店長の滑山が目の前に仁王立ちし、
「集中しろや!」
と怒声を浴びせて来ても耳に入らないくらい考えた。
(事前に確認したのか……?)
(いや無理だ、あのアイスは俺が品出ししたもんだ)
(そもそも封を開けた所で、喰わずに中の棒を確認すんのは無理だ)
(まさか透視能力?)
(いやいや、あの阿呆に限ってそんな)
(あ!予知能力か!?)
(いやいやいや、んなアホな)
「……まー、なんでもいっか」
霊次郎は立ち上がり、
「よくねえよ!」
怒れる店長の肩をポンポンと叩いた。
休憩を終え、再びレジに立って店内を見渡すと、
「あの野郎」
やはりいた。魔美子が棚の前にしゃがみ込んで、何やら熱心に探し物をしている様子。今日の魔美子はバケツで血を被ったような真っ赤な半袖シャツに、白鳥の湖みたいな白のスカート、その下に黒のスパッツを履いていた。頭には昨日と同じ、頭よりも大きな黒のリボンを装着している。
霊次郎は大きく溜息をついて、
「おい」
腰に手を当てたまま大声で呼んだ。
しかし魔美子は答えず、
「あー?どれだー?」
と探し物を続けている。
「おーい!無視すんな、おーい!」
勤務中とは思えない霊次郎の声に、バックヤードから滑山が飛び出して来た。
「お前何叫んでんだよ!」
「店長見てくださいよあいつ、気持ち悪くないっすか」
霊次郎が指さして言うと、滑山はさらに顔を赤くして怒った。
「ば、馬鹿言うなお前。お客様が探し物をされてるんだから言って用聞きしてこいよ!」
「でも俺今レジ入ってっすもん」
「良いから行けよ!」
「いや、レジは俺が死守するんで店長聞いてってください」
「何だお前!?」
「レジに集中したいんで」
「お前!」
「あれー!どこかなー!」
突然、魔美子がわざとらしい声で叫んだ。
「チーチキンどこかなー!私のチーチキンはー!」
「なんかわけわかんないこと言ってますよ店長、ホラ」
「う、うぐ」
魔美子はよく見れば整った可愛い顔をしている。しかしとりわけ自由や個性が強く叫ばれる現代においても、服装が個性的で派手な部類に入る。いや、派手というよりはチグハグな印象が強く、その為他人の目には理解しがたい生き物として映ってしまうことも多かった。加えて空気を読まず、忖度という言葉も知らない魔美子はほとんど怖いものなしだった。対して滑山はと言えば、生来真面目な男で性格も特別軟弱ではない。住宅街のコンビニで柄の悪い客を相手にすることには慣れているが、それでもやはり理解出来ない生き物だけは苦手だった。特に、若い女が相手であれば尚の事。
「何か、お探しでしょうか」
滑山がおずおずと尋ねると、
「チーチキン!」
魔美子はしゃがんで陳列棚の奥を漁りながら、同じ言葉を繰り返した。
「……シーチキン、ですかね。あの、ツナ缶の」
「そう!」
魔美子が目を輝かせて振り向くと、滑山は一メートルほどステップバックしながら、
「置いてません」
と答えた。
「何でだよ!」
魔美子は立ち上がって憤慨した。
「うち電気止められてんだよ!夏場だっつっても夜になったら暗いだろ!不便だろ!どうすんだ!チーチキンもねーで!」
滑山は左斜め上を見上げて考えた。
「……逆にツナ缶で何を?」
「ランプだよランプ!知らねえの!?」
レジの中で霊次郎が吹き出して笑った。
「ティッシュでこより作ってさ!火付けて燃やしたらランプになるんだよ知らねえの!?消えたら後でそれ食えるんだ!」
滑山は一瞬霊次郎に釣られて笑いそうになりながら、
「あのー、それでしたら」
と別の商品棚を指さした。
「懐中電灯なら置いてございます。あと、電池も」
「ホー!」
魔美子は天を仰いで狼のように吠えた。
「東京のコンビニは何でも揃うな!チーチキンもないクソな店だけど!」
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