ハンドル

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人に嫌われたくなくて、精一杯生きてきた。 そんな僕は、とある会社で働いているサラリーマンだ。何度も何度も車の免許を取れず、仕方なく自転車で会社へ向かう毎日。 周りからは―― 「早く免許取れよ」と言葉をかけられる。 僕の名前は夜名(あきら)。 今日は仕事で失敗をし、こっぴどく叱られた。 最近疲れ気味で仕事に集中出来ていないと思う。 なので今日は帰ってすぐにでも寝てしまおう。 「夜名くん」 「は……はい。なんでしょう」 安木(あんぼく)先輩だ。僕は今日この人に叱られたんだ。 「人間だから失敗はある。しかし、その失敗にもやっていい事と悪いことがある。分かるかね?」 「はい……」 「今回のやらかしは君の信用に大きく傷をつけた。わかってるだろうね。降格は免れない。いいかね」 「はい……今日は本当にすみませんでした」 僕は土下座をする。 「はぁ……こんな人前で頭を下げるんでは無い。もういい。今日はもう帰れ。次から気をつけろよ」 「はい……ありがとうございます」 僕は帰りの準備をした。 「お先に失礼します」 「君も災難だね。次から怒られないように気を付けるように」 中盛先輩…… 「はい……ありがとうございます。それでは失礼します」 この先輩は唯一、失敗さえも許してくれた。 次の日からも頑張れた。しかし、なんだ安木先輩……あのぐらい許してくれたっていいだろ。 会社から出ると雨が降っている。 雨合羽を持ってきて居ない。 今日は濡れながら帰らなくてはならない。 天気も雨模様。僕の心も雨模様。 なんてな……冗談を言えるぐらいなら大丈夫のはずだ。 僕は自転車に乗る。 帰り道……家まで約10km 毎日毎日この距離を往復している僕の気持ちも考えて欲しいものだ。 雨風に押され、自転車で帰るのが辛い。 うっ…… なんだか目眩がする。 あれ?ここは…… 会社の駐輪場――? 何が起こっているのか分からない…… 疲れているのか…… 今日は色々あったししょうがないだろう。 ほっぺたを叩く。 「よし!!帰るまで頑張ろう!!」 そう気合を入れたところでメールが届く。 ピピーッとスマホがなる雨が降っていて取り出せない。仕方なく雨合羽を脱ぎ、バッグを持って会社へ戻る。 えっーと。北西先輩からだ。 今日南條くん達と心霊スポット行くことになったんだ。夜名くんもどうだね? 嫌に決まっている。というかそもそも自転車でどうやって行けと。こんな夜に自転車で行って帰りどうするんだよ。乗せていってくれるなら別だが。 いや……僕は今日疲れているんだ。やめてくれ。 僕は行かないと素直に連絡した。 すると、つれないやつだな。の一言返された。 なんだよ。こっちは疲れてるんだよ。先輩だからって調子に乗りやがって。 ……はぁ。よし帰るか。 長い長い帰り道をゆっくりと進む。 ピピピ ピピピ ピピピ 電話の音だ。 時間は夜9時間半 明日が早いからそろそろ寝ようと思っていた頃だ。 こんな時間に電話をかけてくる非常識なやつは誰だ。 ……非通知からだ。 誰だろうか。イタズラ電話だろうか。今までそんな電話掛かってきたこと無い。 でも、電話番号を知ってるということは、僕の知り合いの可能性は充分ある。 だけどオレオレ詐欺という事も。 でも、こんな時間に詐欺グループから電話が掛かることも無いだろう。 僕は恐る恐る電話に出た。 少し高い声で話す。 「もしもし」 「夜名か!」 この声は……北西先輩。こんな時間になんだ。 そういえば心霊スポットに行くとかなんとか言ってたな。だから断ったというのに……。 「なんでしょうか北西先輩」 「どうしよう!!」 「どうしよう?なんの事です?」 「南條が背の高い女に襲われている――」 背の高い女?あぁなるほどな。僕を驚かせようとしてるんだな。 「背の高い女?やめてくださいよ。そんな冗談」 「トンネルの奥にいるんだ!南條が!!南條が!!」 「はいはい……わかりました」 なんだこいつ…… 「切りますよ」 「おいふざけるな……もう無理だ……あぁ……ふぅぅぅ……」 泣いてるのか?いい大人がやめてくれよ。 「はぁ……今から行きますから」 チッ……めんどくせぇな。 「早く来てくれ!!場所は蜜ノ橋トン―――」 ここで電話は途切れた。 あ、先輩!!…… きっと驚かせようとしてるだけだよ。こんな時間にはた迷惑な…… でも先輩に嫌われて会社で不都合が出たら行けないし……行くか 僕は立ち上がると目眩に襲われた。 え?なんで?―――――― 「ここは……」 そう。ここは会社の帰り道だ。 この景色、今日何回か見ている気がする。 ここで目眩がして…気づいたら会社にいた。 どういうことだ。 疲れているんだろうが…… そういえば心霊スポットの蜜ノ橋トンネルって僕がいつも帰りに通ってる道だ。 ふざけるなよ……僕はなんだかんだ怖いのは苦手なんだ。 とりあえず早く帰るべきだ。 ……ようやくトンネルの前へ来た。 すぅぅ……はぁぁ。 何かいるんだよ。人か?ただの人だよな? ピピーッとメールの音が鳴る。 あれ?俺ら今から心霊スポット行くんだけど あ、いるじゃんと来ていた。 いる?どういうこと。 ぷっぷーと車のクラクションが鳴る。 後ろを振り向くと先輩がいた。 「あれ先輩早いっすね」 「早い何が?」 「いやここに来るのが」 「いや、近くまで来た時誘おうと思って」 はぁ……これは強制的に誘わ―― あれ?ここは会社の前?また?何が起きた? 「よぉ夜名。帰りか?」 北西先輩……? あれ?何が起こっているんだ!! なんだなんだなんだ!! 「夜名?」 「あ、先輩どうしましたか?」 「あぁ、いや。今から心霊スポット行くんだけど来る?」 この現象を回避するにはどうしたらいい? このまま乗っていくか、家に帰るか。 まだ一緒に行ってないからここは乗るべきか。 この現象の理由なんて後で考えればいい。早く帰りたい。最前の選択をするんだ、 「わかった行くよ」 「あ、夜名は運転頼むよ。なんて、冗談だけどな」 冗談で済まされねぇだろ。 僕は助手席へ乗り、南條先輩は後ろに座る。 そろそろトンネル付近だ…… ん?先輩?眠っている?え? 「北西先輩!?危ない!!前に人が!!」 こうなったら僕がハンドル握るしかない。 「くっ……どうしよう!!どうしよう!!」 ぐ……また目眩。 ヤバい引いてしまう! 視界が暗くなる。 …… …… …… 「あ」 思い出した。僕は目眩で時間が戻ってた訳じゃない。 言い訳を考えていたんだ。この事故の言い訳を………… 僕が轢いたなんて事実は認めきれなかった。 僕は人の生命(いのち)を奪ってしまったんだ。 僕の最悪な選択で…… 僕が車に乗ったからか? 乗らなかったら僕は轢かなかった。 そうなってしまわないか…… どうしたらいい。全て北西先輩が……いや僕がハンドルを握らなければ……、あのままハンドルを捻らず、ガードレールにぶつかっていれば…… 尊い命を救えて居たのではないか…… 「ごめんなさい、全て――僕が悪いです」
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