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「あれ?」
頭上から降ってきたその声は、あたしを凍らせるのには十分だった。右手に学校鞄、左手に買ったばかりのシュークリームの袋をぶら下げたまま、あたしはその場に足を縫いとめられた。
「ゆずちゃん?」
不思議そうな男子の声。少しだけ眠そうなのは、いつものことで、どことなくトロそうなのもいつものことで。間違いなく、あいつの声だった。
あー、あー、やーだーなー、なんでかなー、もー。
――なんて。心の中で呻いてみるけど時すでに遅し。振り向かないのもおかしいしと、あたしはこっそりため息ついて、ゆっくりゆっくり振り返る。
白い半袖シャツに、黒いズボン。肩から下げている重そうなバッグには、このあたりではそこそこ偏差値の高い高校の校章。少し長めの髪に、声の通りのトロそうな面立ち。
「奏人」
久しぶりの名前を呼ぶと、驚き顔だった奴はにこっと、高校生男子らしくない顔で笑った。
「やっぱゆずちゃんだ」
◆
「そっか。そーだよね。ゆずちゃん、郷屋のシュークリーム好きだもんね」
にこにこと。人畜無害な顔で笑いながら、奏人は何故かあたしにくっついて歩いていた。
夕方の商店街。昔ながらのアーケードは、知ってる顔も多い。雑多に行きかう人の中で、時折そこらから声がかかる。
「おんやまぁ。ゆずりん、ひぃさしぶりらねっかて。ここんとこ、なんしてらったね?」
「かなくんもおぉきぃなったねっかてぇ」
「高校入ってから七センチ伸びました!」
「そりゃすんげぇて!」
元々がチビだったんだよバカ。いつのまにか、あたしを見下ろすようになりやがって。
愛想良くへらへらしてる奏人が何となく気に食わなくて、あたしは歩む足を速める。
「あ、あれ? ゆずちゃん」
無視。無視だ無視。
「待ってよゆずちゃん、そんなに速く歩いたら」
無視無視無視無――!?
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