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「うん。僕も自分でそう思う。でもね、ホントのことなんだ」
奏人の少し眺めの前髪が、サラっと風になびく。
「風の神さまも、水の神さまも、路地の氏神さまも、森の神さまも、みんなゆずちゃんのこと心配そうに見てるよ」
言われて、あたしはふうっと息を吐き、顔を上げた。
ざざっ――と風が木々の間をふきぬけていく。水面に波紋が広がり、鳥が飛ぶ。
緑の匂いが、包んでくる。
「いるよ、ほら。そこ。川のそば」
弾んだ奏人の声につられて、思わず目をやるけれど、もちろんそこには何もいない。
ただ、岩があるだけだ。
「小さい、天狗みたいな……森神さまかな。ゆずちゃん、見えない?」
「奏人さ」
いたたまれなくなって、またあたしは奏人をにらみ上げる。
「見える見えないじゃなくて、あたしそういうの信じないっていったでしょ」
「でもゆずちゃん」
今日の奏人は何となく、頑固だ。
ちょっと困ったような顔をしていながら、頑固に、でも、と続けてきた。
「前はゆずちゃんだって、見えてたじゃない」
言うな。
「一緒に、見てたじゃない。水神さまと、遊んだこともあるじゃない」
言わないでよ。
そういうこと、そういうばかなこと、言わないでよ。
「中学入るまでは、ゆずちゃんだって」
「奏人」
言葉をさえぎって、あたしは硬い声を絞り出す。
「ちいさい子がさ、友達の持ってるおもちゃが欲しくて欲しくてたまらなくて、想像の中でそのおもちゃで遊ぶことがあるって知ってる?」
「おもちゃ?」
「人形とか、ぬいぐるみとか、なんでもいいけど。そしたらさ、想像の中で何度も遊ぶうちに、そのおもちゃは本当に持っていたものなんだって、記憶が塗り替えられていくことがあるんだって」
「……」
奏人が口を噤んだ。あたしの言わんとしていることを察したのかもしれない。
奏人はトロくてバカだけど、頭の回転は決して悪くないから。
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