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「それとおなじ。奏人がきゃーきゃー言うから、あたしだってその気になってただけなんだよ、そんなの。子供の頃は、それでいいんだよ。幻覚が見えてたって、誰も困らない」
「幻覚じゃないよ」
「幻覚だよ。神さまなんていないよ、奏人」
また。
ざっと風が吹く。
森の間を抜け、神社をかすめ、どこかへ向かって吹いていく。スカートが揺れ、臙脂のリボンタイもかすかに揺れる。奏人の白いシャツが少しはためいた。
でもこれはただの風だ。自然現象だ。決して、神さまなんていないんだ。
だって、そうでしょう。いたら。
神さまなんてものがもしいたのなら。
誰も泣かないでしょう? 誰も苦しまないでしょう? 飢餓だって戦争だって災害だって、起きないはずでしょう?
だけど、世界はまだそれに溢れてる。
それは、神さまなんていない証拠だ。
ほんの少し。
戸惑ったような、泣き出しそうな顔をしている奏人とあたしは視線を交差させたまま沈黙した。
先に視線をそらしたのはあたしだった。
「かえる」
「おくる」
あたしの言葉尻にかぶせるように、奏人が言った。
「や、やだよ、くんな!」
「やだ。行く。送る」
問答無用。そんな様子で奏人は立ち上がって、先に歩き出した。いつのまにか、あたしの鞄まで持っていってしまっている。
森と空を背景にして、奏人が振り向いて笑った。
「かえろ、ゆずちゃん」
◆
そうだよ。
ほんとは、ちいさいときは。小学校くらいまでは、あたしにだって見えていた。ううん、見えてるって思い込んでいた。
神さまの姿。
田んぼの中に、路地のかげに、川のそばに、森のどこかに。
神さまはいて、いつも見守ってくれているって思ってた。
あたしはそのときから、奏人ほどいつもしっかり見えてたわけじゃないけど、でも、時々確かに『見た』気になっていた。
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