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秘密のドキドキ
胸がドキドキと音を鳴らす。
それにはいろんな理由がある。
嬉しいドキドキに、恐怖のドキドキ。
私のこの高鳴りの理由は、その両方。
大好きな人達が幸せになるのは嬉しいこと。
でも、それを邪魔する人がいる。
例えば親友。
好きな人が出来たと楽しそうに話す彼女を見ていると、私の胸まで高鳴った。
あるとき親友は泣きそうな顔で「葉山さんが彼の事好きなんだって」と話す。
葉山さんは、誰もが認める美人さん。
好きにならない男子なんていないと言われるほどで、そんな彼女が相手じゃ勝ち目なんてないって親友は心の中で諦めている。
楽しそうな彼女の顔が苦痛で歪む。
恋をしてキラキラしていた彼女がいなくなってしまうと思ったとき、私の鼓動は嫌な感じに高鳴った。
「みんなに悲しい知らせがある。葉山だが、家庭の事情で転校することになった」
翌日のホームルームで先生が言った言葉に、クラス中がざわめく。
みんなの視線が葉山さんへ向き、暗い表情の彼女が映る。
その二日後、葉山さんは転校していった。
最初は彼女の転校にざわめいていた学校内も、直ぐにいつも通りに戻る。
一人がいなくなっても、まるで最初からいなかったかのように時間は過ぎていくのだから、人ていうのは案外薄情なのかもしれない。
親友も葉山さんがいなくなった事で彼への思いが復活したみたい。
私に嬉しそうに話してくれる日々が戻り、この笑顔が彼女からなくならないことを願う。
そんな願いは叶わなかったけど。
「フラレちゃった」
親友の泣きそうな顔を見るのはこれで二回目。
昨日告白をしたけど、好きな人がいると言われてフラレたようだ。
この歪んだ顔を前のように戻すには、新しい恋をするしかない。
でもそれには、邪魔者がいる。
授業も終わり帰宅時間。
普段は一緒に帰るけど、今日は用事があることを伝えて親友には先に帰ってもらう。
私は下駄箱で外履きに履き替えると、体育館裏に行く。
今の時間体育館では、剣道部やバスケ部などが練習をしている。
その音と声は体育館裏にまで聞こえてくる。
「呼び出されて驚いたけど、俺も話したいことがあったんだ」
「そうなんだ。先にどうぞ」
体育館裏に呼び出したのは、親友をフった男。
部活中の生徒達の声が響く中、彼は私を好きだといった。
私の鼓動は高鳴る。
嬉しさと恐怖で。
「ありがとう。これで遠慮なくお別れできる」
「え?」
次に彼が言葉を発することはもうない。
地面に倒れる彼を見下ろし、私の鼓動は高鳴り続ける。
葉山さんのお父さんを刺したときと同じ感覚。
お父さんが亡くなったことは伏せて、家庭の事情で転校することにしたみたい。
ニュースでも、大手企業の社長殺害としか報道されていない。
きっと、娘である葉山さんのことを考えて母親が口止めしたんだろうけど、警察による捜査は今もされている。
あの時は、心臓から少しずれて手間取ったけど、今回は一突きで即死できる場所を選んだからあっさり。
葉山さんのお父さんには罪はないから罪悪感があったけど、葉山さん本人を消してしまうよりお父さんを消した方が、私の犯行だと気づかれにくいと思った。
大手企業の社長を殺害したのが高校生なんて誰も思わない。
私が思った通り、父親の稼ぎだけで生活をしていた葉山家は引っ越し。
でも、今回は罪悪感を感じずに済んだ。
私の事が好きなら、親友の為に喜んで死んでくれるよね。
親友が新しい恋をするには、フった相手が同じクラスにいるとダメだから。
貴方を見たら彼女は辛くなって前に進めなくなる。
「私の大切な人は幸せでなくちゃ」
茜色の空を仰ぎつぶやく。
親友の幸せな笑顔に胸を高鳴らせ、いつ真実が明らかになるのか恐怖で胸を更に高鳴らせる。
私は大切な人達が幸せになるなら自分の手をいくらでも赤く染められる。
それが私の幸せだから。
それが私のドキドキする唯一の理由だから。
《完》
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