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ザー、ザー、ザー。
ピカッ……ドカン!
ゴロゴロゴロ。
ザー、ザー、ザー。
うわぁー。どうしよう、降って来ちゃった。
先生に頼まれてプリントの片づけを手伝っていたら、校舎の外は土砂降りの雨になっていた。しかも、カミナリ様のおまけまで付けて。
梅雨入りした時期の不安定な天気は、朝の天気予報通りに、激しい雷雨のシーンを、彼女の少し遅くなった下校時間に合わせるかのように連れて来た。
梅雨入りしてから、彼女の通学リュックの常備品リストには、小さな折り畳み傘が追加されていた。しかし、そんなお情け程度の傘では今の土砂降りには無意味な感じだった。
「佐々木さん、どうしたの?」
昇降口で外を見ながら途方に暮れていた彼女の後ろから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、佐藤君。先生の手伝いしてたら帰りそびれちゃってさ。帰ろうとしたらこんな天気でしょ? さて、どうしようかな……、って思ってたの」
「あー、わかる、わかる。こんな土砂降りのなか、傘もささずに帰るなんて無謀なこと出来ないものね」
彼女は振り返って同級生の彼に自分の不幸な状況を告げると、彼は彼女に同情するように同意した。
「あの……、その……。佐々木さん。僕、結構大きな傘を持ってるから、一緒に帰らない? バス停まで行けば屋根もあるし。バスに乗ってしまえばもう大丈夫だよ」
「あぁ、そうね。バス停まで、佐藤君の傘に入れてくれる?」
彼女が傘を持っていないと勘違いした彼は、彼女と一緒にバス停まで相合い傘で移動することを提案してきた。
すると、彼女は一瞬だけ躊躇した後で彼の優しい提案を受け入れた。
* * *
ザー、ザー、ザー。
一本の傘を共用した彼と彼女は、昇降口から表通りに向かって、下校時間を大幅に過ぎて無人になっているグラウンドを横切るように、ぎこちなく歩き出した。
たしかに彼の持っていた傘は普通よりは少し大きな傘だった。しかし、この土砂降りの中では、その程度ではあまり強力な武器にはならなかった。
彼女が濡れないように、彼は自分の傘の中心を彼女側に寄せていた。そのため、彼女とは反対側にある彼の肩は傘から滴り落ちる水滴でアッというにずぶぬれになってた。
そんな彼の様子に気が付いた彼女は、彼のずぶぬれの肩が傘の中に入るように、彼に向かって思いっきり自分の体を寄せた。
濡れた制服のシャツとブラウス越しに、お互いがお互いの体温を感じられるぐらいに体を寄せ合うことで、二人とも雨に濡れないように歩き続ける。
傘の中、彼の顔がものすごく近くにある。
彼の呼吸や雨に濡れたシャツの匂いが突然強く感じられる。
すると、なぜか突然彼女の心臓はドキドキし始めた。
え、いやだ、どうしたの私?
ドキドキが止まらない。
いつも教室の隣の席で、普通に接しているはずなのに。
いったいどうしちゃったんだろう私。
本当は折り畳みの傘を持っているのに、彼の提案を受けて相合い傘なんかしちゃって。やっぱり、「傘は持っているから、一緒には帰らない」とでも言っておけば良かったかしら。
彼女は、彼に対する後ろめたい気持ちがドキドキの理由なんだと半ば強引に思い込もうとしながら、不思議と心は温かい気持ちで満たされていた。
こうやって、土砂降りの雨のなか、雨に濡れないように一つの傘に二人で肌を寄せ合って歩く。
たったこれだけの行為なのに、いままで何も感じていなかった隣の席の男子に「彼」を感じてしまう私。
どうしよう。早くバス停に着かないかな。
ふと、彼の耳たぶをみると、なぜか赤くなっていた。
「ごめんね。ワタシが傘を持って来なかったからだよね」
「そんなことないよ。僕だって忘れることあるしさ。お互い様だよ」
私が彼に向かって話しかけても、彼は視線をあわせないようにしてもやもやした返事をするだけだった。
そんな二人の時間は、二人がバス停に到着するまで続いていった。
* * *
「で……、上手く行ったのか?」
自宅二階の勉強部屋の真ん中には、部屋いっぱいに巨大な魔法陣が描かれていた。
その魔法陣の中心に椅子を持ち込んで足を組んで座っている悪魔は、彼にむかって少し下品な笑いをしながら今日の首尾を聞いて来た。
「うん、ありがとう。なんとか、目的は達せられたよ。彼女は僕を見上げながらほっぺを真っ赤にしてた。これで明日からはお互いに意識した関係になれるといいなあー」
「まあな。悪魔も天使とは兄妹みたいなもんだからな。恋の天使がいるなら、恋の悪魔だっているんだぜ」
魔方陣の中心にいる悪魔は、今日相合い傘に使った、魔法のかけられた大きい傘をしげしげと眺めながら彼に応えた。
勉強机に備え付けの椅子に座っている彼は、呼び出した悪魔に向かって感謝する仕草を見せながら、机の上に立てかけてある盗み撮りした彼女の写真をそっと手元に持って来て、微笑んだ。
(了)
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