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背後で、勢いよく引き戸の開く音がした。
「ユメ」
落ち着いた、心地の良い声が狭い物置に響く。私を呼ぶその2つの音だけで、声の主が誰なのかすぐにわかってしまう。
書きかけの日記を閉じると、私は扉の方へ振り向いた。
「こんな夜遅くに、どうされたのですか」
息を切らしながら、私を真っ直ぐ見つめる坊ちゃま。いつになく真剣な表情をされている。
「父さんから聞いたよ。記憶回路を交換したいって」
「はい。このままでは、業務に支障が出てしまいますから」
「今のところは大丈夫じゃないか」
「皆さんがこっそり助けてくださっているのです。坊ちゃまも知っているでしょう。この前の押し花だって──」
言い終わる前に、坊ちゃまが私の腕を引き寄せ抱きしめる。この前よりもしっかりと、強い力で。
思考回路がぐるぐる回って体を動かすことができない。
私に呼吸器官はないが、なんだか胸がつまるように苦しくて、このまま壊れてしまうのではないかと思うほどだった。
瞬きすらできずに固まる私の耳元で、坊ちゃまは静かに話し始める。
「僕がいつか君を治してみせる。だから、そんなこと言わないで」
もしかして、坊ちゃまがロボットのお医者様になりたいと仰っていたのは──
私はなんとか平常心を装い、声を振り絞る。
「私の記憶回路が完全に壊れるまで、そう遠くはありません。明日突然──なんてこともあり得るのです。それに、坊ちゃまの将来の夢は作家先生だったのでしょう。ただのロボットのために、人生をかける必要なんてないのですよ」
坊ちゃまが私なんかのために──そう考えると、思わず笑みがこぼれてしまいそうになるほど嬉しい。
だけど、私のためにそこまでする必要なんてない。その言葉に嘘はない。
私はどうしたって、プログラムと人工物で作られた機械なのだ。
「ただのロボットなんかじゃない」
私の両肩を掴んだまま、坊ちゃまがそっと体を離し、私の瞳を覗き込む。
いつもよりも大人びて見えるその顔に、戸惑いながらも彼の瞳を見つめ返した。
すると彼は小さく息を吸い、ゆっくりと私へ語りかける。
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