雨の日のデート

5/9
382人が本棚に入れています
本棚に追加
/87ページ
「昨日は、軟膏のお礼も言わず失礼しました。シリーさんから頂いたあの軟膏、保湿効果が高くて驚きました。ありがとうございます」  シリアン様の呼び方は、ちょっとした攻防を経て「シリーさん」にすることで互いに妥協した。  ナッツがぎっしり詰まったハードな食感のビスコッティをザクザク咀嚼し、ミルクをたっぷり入れたコーヒーをひと口飲んだところで軟膏のお礼がまだだったことに気づいた。  お礼を言って頭を下げると「手を見せて」と言われ、おずおずと両手をテーブルの上に差し出す。    軟膏のおかげでマシにはなったものの、シリアン様の綺麗な指と比べると相変わらず悲惨な状態であることには変わりなく、これは何かの罰ゲームなんだろうかと勘繰ってしまう。  そんな羞恥心まみれのわたしの胸中など全く気づかない様子で、わたしの指先をじっと観察したシリアン様は満足げに微笑んだ。 「本当だ、すごい効き目だね。こちらこそ昨日は申し訳ない。きみが嫌がって泣いているのかと思って、どうすればいいかわからなくて逃げ出してしまったんだ。みっともない姿を見せたね」 「嫌がるだなんて、とんでもない。とても嬉しかったんです。弟たちが変なことを言って失礼しました。あの軟膏は大事に使いますね」  嬉しさと驚きと、さらにはみっともないガサガサの手が恥ずかしくて、気持ちがぐちゃぐちゃになったせいで涙がこぼれたのだと説明しても、その微妙な乙女心がこの野暮天な王子様には理解できないかもしれないと思ってやめておいた。
/87ページ

最初のコメントを投稿しよう!