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カフェに入るとテリーが店員に何かを告げ、衝立で仕切られている奥のテーブルへと案内された。
シリアン様と向かい合わせで座り、テリーは衝立の向こうのテーブルに一人で座っている。
注文を取りに来た店員に、三人分のホットコーヒーとビスコッティを注文し、そのうちの一つは隣のテーブルへと指示したシリアン様は、わたしを見てにっこり笑った。
「コーヒーでよかった?」
「いえ、あの…殿下、わたし実は、カフェに入るのが初めてで…」
普通の貴族のご令嬢ならば、学校の帰りや休日にお友達と連れだってこういうお店でおしゃべりに花を咲かせたりするのだろうけど、わたしの場合は経済的にも時間的にもそんな余裕など一切なかった。
だから今こうして自分が憧れのカフェにいるというだけで、落ち着かない。
今日は靴の受け取りのための外出だから農作業用の泥んこのブーツではないし、服装もそれなりだけれど、それでも場違いなのではないかと思ってしまう。
「そうか。カフェ初体験に同席できただなんて光栄だな。次はまた別のカフェに行ってみよう」
いやいやいや、次って何ですか!?
「困ります。わたしあまりお小遣いがないので、そんな贅沢はできません。何度も申し上げている通り、わたしと殿下では住む世界が……」
待った!とシリアン様が手で制す。
「ここで『殿下』はやめてくれないか。できれば『様』もつけて欲しくない」
やだ! 動揺して声が大きくなってしまったわ。
気を付けますと頭を下げる。
「私のことは、そうだな……シリーでもシー君でも、もっと気安く呼んでくれたらいいよ?」
このような誰がいるともわからない場で大声で「殿下」とうっかり言ってしまった手前、「シー君」て、自分で言ってて恥ずかしくないですか?とは言えず、笑いをこらえて唇をもにょもにょさせていたら、恥じらっていると勘違いさせてしまったらしい。
「恥ずかしがらずに言ってごらん?」
と甘く微笑まれてしまったのだった。
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