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「軟膏は水仕事の度に塗り直した方がいいらしいよ。使い切ったらまた詰め直してもらうから、あの瓶を持っておいで」
いやいや、何をおっしゃる!
贅沢はモブの敵です!
あんな高価そうな軟膏を何度も頂くわけにはいかないと首を横に振ると、シリアン様は憮然とした顔で言った。
「だからこそ、私からきみへの贈り物としてぴったりだと思っているんだけど。もっと甘えてもらいたいぐらいなのに」
「我が家はですね、父が馬で、わたしと母が荷台の両輪なんです。そのどれか一つでも欠けたら馬車は走れなくなります。誰かに甘えて寄りかかることを覚えたらきっとわたしはフニャフニャな車輪になって上手く走れなくなってしまいます」
シリアン様がわたしの手を握って、少し困ったような顔で笑った。
「サクラ、きみって子は…。好きだよ」
不意打ちの「好き」と、サクラって誰!?という混乱で固まってしまう。
自分のことを「サクラ」だと言ったのは確かにわたしだけれど、まさか名前だと思われているってこと?
でもそれならそれで都合がいい。
本名を知られて、そこから父親のことがわかってしまえば、わたし本人の意思とは無関係に、夜会に無理矢理参加させられた時のように父に圧力がかかって断れなくなる。
だったら、素性がバレないうちに諦めてもらわないとっ!
「夜会で、いいなと思ったご令嬢はいなかったんですか?」
「だから、それがきみだろう」
何言ってんだとでも言いたげにシリアン様が首を傾げる。
「わたしのどこがいいんです?」
「マチコ巻きをして一緒に逃げようと手を引いてくれたきみにズキューンときたんだ」
はあっ!?と思った時、衝立の向こうでブッ!とコーヒーを吹き出す音が聞こえた。
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