暴走の最弱  そして出逢い

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暴走の最弱  そして出逢い

「ついに開いたわね」  不敵な笑みを浮かべてこちらを見ているシャルルの顔つきは、俺の怒りの業火を更に拡張させる燃料になる。 「っっぁああああああああぁぁぁぁ!!」 「――グッ!!」  溢れ出る力、制御が効かない膂力に身を任せ、憤怒の拳でシャルルの右頬を思いっきり抉り取る。  吹き飛ばされる彼女の身体は空気抵抗の恩恵を受ける間もなく、慣性の法則を忠実に再現しながら木々にぶつかり続ける。  可哀想などという甘ったれた感想は持たなかった。  ただ目の前の女を殺してやりたい。  その目的だけに集中していた。  天高く響き渡る音を二本の指で鳴らす。  空は重々しい雲を掻き分け、大気摩擦で轟音を発しながら、雷が暗闇の中を地面へと駆け降りる。 「――このわしを呼んだのは貴様か。小僧」  天空には神の使いとして申し分無い風格、威厳、そして貫禄をもった、莫大な質量を持つであろう巨大な翼竜が神々しく降臨した。 「黙って俺に従え」 「フンっ。いきなりワシを呼ぶような大馬鹿者だとは思っておったがここまでとはな。貴様命が惜しいとは思わんのか?」  その咆哮は全ての生物を脅し、畏怖させ、精神の奥底から屈服させるには十分過ぎるはずだった。 「――ッッ!!!」  翼竜の太く棘棘しい首を閃光の手綱が最も簡単に締め上げる。 「――次は無い。従え」 「ま……さか。あなたは……()()()まで使役出来るって言うの?」  頭から大量の血を流しながら、回復魔導で自らを修復している女に、更なる怒りをぶつける。 「炎を司る全ての力の始まりよ、燃ゆる魂と共に我の元に顕現せよ 『神聖魔導(しんせいまどう) 滅火暴殺(めっかぼうさつ)』」  翼竜の口から燃え盛る火炎が降り注ぎ、先ほどまで一面雪化粧をしていた大地は即座に姿を表した。  大気中全ての水分が蒸発し、無数の炎柱が轟々と燃え、天に向かって反射している光景は、皆が想像し得る、地獄を精巧な風景画家が模写したようだった。  殺してやる。  俺の意思に呼応するかの如く、吹き荒れる業火風はたちまち、シャルルの周囲を残酷なまでに覆った。 「――そこまでだよ!!」  どこからか、品格の中にまだ幼さを残す声が響く。  一秒後、この世の大地を焦がし尽くために右往左往していた、炎の群衆が瞬く間に凍りつく。  二秒後、翼竜を縛る光の手綱が破壊される。  三秒後、俺の頭上に高速で物体が自由落下して直撃。 「あれ! やばいのやばいの! 色々聞かないといけないの! おきてー!おきてー!」  薄れ行く意識の中、その少女を見て()()思った。 「……まだ子供じゃないか」  気が付くと、翼竜も炎も無い、何故か元通りになり、綺麗な月明かりに照らされる林に寝転んでいた。 「お! 起きたみたいだね! いきなりいきなりだけど、女の子にあんな攻撃するなんてサイテーだよ! あたし見ててぷんぷんしたんだからね!」  体の発光は収まっている。先程まで憎しみが溢れ出て、コントロール出来なかった感情も、今は穏やかに感じる。  よし次は他人に目を向けよう。  シャルルさんは立ってはいるものの、ダメージが大きかったのか、魔力消費のせいか、回復魔導がうまく進行していない様子だ。  はい問題は次。なんだこの子。  いきなりぷんぷんプンスカした女の子が頭上に降ってくるなんてどんな確率だ。  たまたま夜の川辺でイチャイチャ手を繋いでるアホカップルの手元に、たまたま居た変なおじさんがナメクジ六十匹を投げつけてくる位の確率だ。  え?腐敗した世界線の俺ならやりかねない?うん。多分やるからこれは無しだな。  と、の脳内でふざける余裕があるくらいには精神が安定している。  いきなり現れて、暴走した俺を止めて、俺を看病している。そんでもって多分林の修復をしたのもこの子だろう。 「あ! あとねあとね! あなたの(ゲート)も閉めといたよ!」  扉? あぁ多分感情が制御出来なくなる前に音が聞こえた場所のことか、と何故かすんなり理解できた。  年齢は高く見積もっても十六くらいだろうか、桃色の艶やかなロングヘア、顔つきは整い、上品さもあるが口調とのバランスがいまいち取れていないイメージだ。 「とりあえず、ありがとなお嬢ちゃん。俺を人殺しにさせないでくれて」  すると回復途中のシャルルさんが、身長一五五センチ程度の少女に向かって騎士の如く首を垂れて挨拶をした。 「『華姫』様、お久しぶりでございます。オスタリア侵攻の際、一度ご一緒に戦わせていただきました。シャルル・インベラーネと申します」 「ご無事であらせられた事、誠に嬉しく思います。と同時に、私めをお助けいただきありがとうございました。お姿、実力共にお変わり無いものの、少し話されている際の印象が違ったので、気付くのが遅れてしまった無礼をお許しください。」  あのシャルルさんがここまで下手に出るほどの女の子なのか。  ってこんな女の子が戦争の地にいたのか!? 「その『華姫』ってたまーに言われるんだけど、あたしよく分かんないんだよねー。だから名前で呼んでくれたらとってもとってもお友達みたいで嬉しいな!」 「かしこまりました。ではなんとお呼びすれば?」 「あたし“()()“! ララ・ダスティフォリア!」
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