青紫のしるべ

1/8
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
 17歳の誕生日を迎えたその翌日に、父が他界した。まだ48歳だった。今から11年前の、9月22日のことである。  ニュースや新聞の中でのみ語られ得る、もしくは、ガードレールに手向けられた生花や立看板が示し得る、いわば「概念」でしかなかった自動車事故というものが、私の人生にじかに触れた瞬間だった。  でも、不思議と悲しみが宙に浮いていた。土足で踏み込んできた魔物との同居を余儀なくされていたにもかかわらず、その正体が、手ごわく厄介な魔物であることに気づくまでに、かなりの時間を要したのだ。  社宅を引き払って、母と2人、高校のそばにあるアパートに越してきたのは四十九日の法要を終えてまもなくのことだった。  1階、2階ともに3世帯ずつ住めるようになっているその木造アパートは、昭和の終わり頃に建てられたもので、かなり年季が入っていたが、駅からも距離があったこともあり、その分家賃は格安だった。母のパート代だけが頼りだったから、見栄えや面積や間取りなど、四の五の言ってはいられなかった。  私たち母娘(ははこ)は1階の真ん中の、102号室を借りて住むことになった。  アパートの目の前には車の往来の少ない道路が横切っており、建物は半階分ぐらい高くなったところに、3メートル幅ほどの庭を隔てて建っていた。  入口寄りの1階角部屋――101号室には大家のおばあさんがひとりで住んでいたのだが、その部屋の前には一畳ほどの、大小ふたつの丸をつなぎ合わせたような池があり、ナマズが1匹、いかにも呑気そうに泳いでいた。  私たちの部屋の前には大家が育てているのであろう、ナスやネギやエンドウ豆などの季節の苗がごちゃごちゃと茂っていたが、他は103号室のはす前に琵琶の木が一本あるばかりで、年間を通して花の気配はほとんどなく、ベランダ越しに庭を眺めてみても、殺風景な景色でしかなかった。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!