青紫のしるべ

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 母は今日もよく眠っていた。読書好きだった母だが、半年ほど前からだろうか、文字を読んでも理解できなくなったと言って、本からもすっかり遠ざかってしまった。それなのに、この押し花の栞だけは、決まってこの読書灯のそばに置かれているのだから不思議だ。  今の母は、6年前に再婚した相手の顏もわからないくらいだから、この栞を作ったのが自分だということも覚えていないのかもしれない。  記憶がまだしっかりしていた頃、母は言っていた――  あの花は、あなたが寮に入ったあとも、毎年、きれいな青紫色の花をつけていたのよ、と。キキョウって本当に丈夫な花だったのね、と。  お父さんって、本当に丈夫な人だったのよ。病気知らずで48年間生きてきたんだもの。それなのに、どうして――  あのときの母の声は、そんなやるせない気持ちを押し殺しながらも、どこかで終止符を打たなければいけないというような、複雑な感情がもつれ合ったような声だった。  母が再婚したとき、あの鉢植えの行方について気にならないでもなかったが、でも、キキョウの栞を見たその瞬間、それは消えてなくなった。  母のいる施設を後にし、帰宅すると、高校のときから懇意にしている好美(よしみ)から電話があった。今でもときどき連絡を取り合う仲だが、好美は2年前に結婚し、去年子供が生まれていた関係で、会って食事をしたり遊びに出かけたりする機会がめっきりなくなってしまっていた。  が、そんな忙しい環境にある好美だったが、このたび新居を構えたとかで、近々ちょっとしたパーティーをするのだという。ついては、私にもぜひ新居に遊びに来て欲しいという連絡だった。
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