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 たった5文字が言えなかった。「おめでとう」。  結果発表を待つ緊張感が徐々に解け、自分の名が呼ばれた興奮に弾んだ心臓が落ち着いてくる。私服に着替え一旦ホールのロビーに出て、貼り出された最終結果表をスマートフォンのカメラで撮影した。写真を家族に転送した途端、何か自分の中に違和感が芽生えた。  コンクールの結果に不満がある訳ではなかった。1位無しの3位、上等だ。昨年は5位だったので、それ以上を狙うという目標をクリアできた。それなりに(まと)めた自信はあったし、「セビリアの理髪師」のフィガロはきっと俺に合っている。現役時代にフィガロが当たり役だと言われた先生だって、持ち歌にすればいいと言ってくれた。  胸の中のこの雑味の理由を、俺は理解していた。先輩が受賞したことが、引っかかっている。先輩が初めてのコンクール出場で得たのは、審査員特別賞。入選最下位の8位の上での受賞だから、3位の俺が羨ましがることはないのに。
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