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もう伊月さんと話せなくなるだろうか? その可能性に思い至ると、耐え難い気がして、軽い眩暈を覚えた。謝ろう、何から謝ればいいのかわからないけれど。そして、おめでとうと言おう。審査員特別賞は、今日の伊月さんに相応しいものだった。だから俺のほうこそ、伊月さんに脅威を感じ、嫉妬したのだと正直に伝えよう。
俺は鞄を探り、スマートフォンを楽譜の間から引っぱり出した。グリークラブの顧問から、俺と伊月さんの両方に対して、おめでとうというメッセージが来ていた。さっき甘みを帯びて思い出された高校時代のできごとが、今は俺の横っ面を引っぱたくようだった。
「グローリア・ミサ」の終曲は、テノールとバリトンの二重唱が主役だ。伊月さんが音大への合格を決めた時、あの曲を将来一緒に歌いたいと、俺は彼に言った。彼は目を見開き、笑って答えてくれた――。
「翔吾が音大に受かって、2人とも歌手になれたら歌おう、必ず」
……まだその約束を果たしていない。
メッセージアプリを開き、心臓の動きに合わせて震える指で、何とか伊月さんのアイコンをタッチする。メッセージじゃだめだ、直接話さないと。コール音を右の耳で数えながら、俺はホールの出口に向かい小走りになった。胸のどきどきはまだ収まらないが、慣れたせいか、もうそんなに嫌な風には意識しなかった。
ぷつん、とコールの途切れる音。心臓が新しいテンポでどくどくと鳴り、全身に伝わる音が鼓膜を叩く。俺は足を止め、いつきさん、と、掠れた声でゆっくり話しかけた。
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