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「ここに連れてこられた意味がわかってんのか」
取調室の薄暗いライトが鈍く光る。ただでさえ堅物な顔がより一層影をつける。この刑事も、そばで記録するあいつも、何もわかってないやつらばかり。おとなだから賢いなんて、子どもの主張を平気で使う。俺みたいなやつの言葉なんて、馬のほうがきいてくれる。
なんで取調べを受けているのか、それは二年前にさかのぼる——
『授業日数足りてねんだから、ちゃんとこいよ』
『へいへい』
うざったい担任に呼び出されて説教を受けた。学校なんて行かされてだけ。お金とか義務じゃないとか、親のわがままを理由に説得されても響くわけがない。
話の半分も聞かないで職員室をあとにした。
『京平、また怒られたんだ』
後ろからヒョイっと出てきたのは俺の幼馴染、椿だ。成績優秀で明るい性格でみんなからの評価が高い。おまけに美人。非の打ち所がまったくない。なんで俺と同じ学校に来ているのか不思議でたまらない。本人は近いからといっていたけど、本当にそれだけなのか疑問だ。
椿が笑って、それを見る。椿が話をして、それを聞く。昔からなにも変わらない日常が好きだった。こんな不良でも、椿の前では自分の心に素直になれた。あいつがどう思っているかわからないけど、俺は……。
『助けて!』
エレベーター内から声が聞こえた。ボタンを押しても上がりも下がりもしなかった。
『閉じ込められてる!? 京平どうしよう……!』
『くっそ……だるいな。椿、これ頼むわ』
カバンを渡して、エレベーターのドアに手をかける。ふっと息を吐いて、すっと短く吸い込む。体を熱くして、全身に力を入れる。
少しずつ扉が開いた。内側に体を捻じ込ませて無理やり開ける。
“ガタン”
『大丈夫か』
『ふん』
中にいたのは制服を着た女。俺のクラスメイトだった。せっかく助けてやったのに、不機嫌そうに去っていった。
『なんだあいつ……!! 今度あったらぶん殴ってやる!』
『まあまあ』
その数日後、授業中に具合が悪くなったあの女は保健員に連れていかれた。そしてそのまま死亡した——
俺はあの事件の真相を知っている。しかし、おとなたちは聞く耳を持たない。自分が想定していることを言われないと納得しない。そんな習慣がついている相手になにを言っても無駄。
「お前、犯人知っているだろ」
「だから、何回も言ってんだろ。それで十分だろ。俺には時間が……」
「これだから子どもは嫌いなんだ」
パイプ椅子を後ろに吹っ飛ばした。机に手をついて身を乗り出した。腕を伸ばし、刑事の胸ぐらを掴んだ。
荒い呼吸、狭い視界。頭の中でチラつくのはあの笑顔。無垢に花を咲かせる椿の笑み。
「なにも知らないくせに!!!」
もし自分の意思を押し付けるのがおとなだというのなら、俺はずっと子どものままでいい。こう考えている時点ですでに幼い。そんなのはわかっていた。でもこれしか選択肢がなかった。
はっとして手を離す。しばらく、静寂が取調室に広がった。
——いま動かないと……椿が死ぬ……。
ゆっくりドアに向かって歩き出した。行かないと、救わないと。俺の目にはもうあいつしか見えていない。
「待ちなさい! まだ話は……」
嫌な予感がした。死んだクラスメイトと椿の状況が似ている。けどこの事実を知っているのは俺と犯人しかいない。こいつらの邪魔がなければ、すべてがうまくいったのに。
ドアノブを回して外に出る。
「前と……あのときと同じ状況なんだ……。だから、俺が行かないと!!」
刑事を振り解いて全力で走る。間に合ってくれ、そう願いながら。
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