シーン2

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シーン2

 ワンコインランチを提供しているパスタ屋でサトルが名前を尋ねると、少女は首を傾げてしばらく考える素振りをし、それから、リホ、と短く答えた。偽名である可能性は極めて高いけれど個人を識別する記号としては十分機能する。サトルは小さく微笑んで、リホちゃんね、と確認するようにその名を復唱した。  彼女はなぜ殴られていたのか、家出資金調達のために援交あるいは窃盗でもしようとして失敗したのだろうということは想像できたものの、実際はどうだったのか、その詳細が気になった。とはいえ、そんなことを一々問い質すのはデリカシーに欠けている。気遣いとは無縁のサトルならば遠慮なく質問をするかもしれないと思って期待の眼差しを向けてみたけれど、彼は、ここのコーヒーはインスタントだな、などと話にならない話をするばかりで話にならない。向かいの席に座る少女、リホにしても、自身がどんな状況に置かれていたのか記憶をなくしてしまったかのように、軽やかに楽しげにサトルの談笑に付き合っている。ただし、その顔には痛々しい傷跡が残っていた。  会話に一瞬の間があったので、口元に痣ができてるよ、と伝えると、彼女は使い勝手の悪そうな小さなバッグから手鏡を取り出し、口元を確認しながら、最悪、と零した。  責められたかのような心持ちになる。そんな気分を払拭しようと、災難だね、と憐れみの言葉をかけてから、会話の取っ掛かりになりそうなパーソナルデータの提示をさりげなく求める。彼女は髪型を整えながら気怠そうに、料理がプロ並みに得意やら、暗いところが大の苦手やら、異国からやって来たやら、胡散臭い話を並べ立て、そして最後に、十八歳、と述べた。外見からすればもう少し幼いと思われるので、おそらく嘘だろう。ほかの情報についても出鱈目に違いない。かといって、それを確認する手段はないし、必要もないし、なにより、彼女の言うことを鵜呑みにしておいたほうが保険という意味において都合が良かった。万が一、彼女と万が一の関係となった場合、十八歳と十八歳未満の間には大きな隔たりがある。知らなかったという言葉は免罪符になり得るだろう。  そう考え、僕たちと二つ違いだね、と当たり障りのないコメントのみを返して愛想笑いを浮かべると、隣に座るサトルが百円ライターをカチカチと鳴らして煙草に火をつけ、デリカシーのなさの本領を発揮した。 ――でさ、リホちゃん、なんで放浪してんだよ。  問いかけられた彼女は、口元を引き締めたかと思うと、落ち着いた声色で思いもしなかった言葉を口にした。 ――死に場所を探してるの。
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