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シーン3
いつも通りの朝を迎え、いつも通りに学校に行くと、やはりいつも通り、廊下でサトルが話しかけてきた。けれども考えてみれば彼はいつも通りではいけないはずだ。
――あの娘はどうしたんだよ。
そう尋ねると、彼は当たり前のように素っ気なく返事をした。
――うちにいるよ。
サトルは一人暮らしをしているので、うちにいるということは、リホが一人で留守番をしているということになる。昨日の彼女の素行を思えば、それこそ自殺をされる可能性もあるし、そうでなくとも家捜しをされる恐れがある。その危険性を認識していないのかもしれないと考え、サトルのことを眉をひそめて不安げに見つめると、彼は相好を崩し、大丈夫だよ、と述べた。
――ずいぶんと信頼してるんだな。
――俺の家に盗む物なんてないからな。
――そういう意味かよ。
少しでも彼を心配したことが馬鹿ばかしく思えてきた。そんな気持ちを読み取ったらしくサトルは慌てて片方の手を左右に振り、取って付けたように、信頼もしてるぜ、と言った。そして笑みを浮かべ、物騒な言葉を付け足した。
――リホちゃんは、ちゃんと死んでくれるよ。
サトルがクズであることは重々承知しているものの、それはさすがに不謹慎すぎる冗談だと思って咎めようとした。ところがこちらが口を開くよりも先に、サトルが、ちょっと付き合えよ、と発言したため、たちまち気勢は削がれてしまった。彼は真剣な面持ちをしていた。珍しいこともあるものだと思い、渋々ではあるけれど、後をついていく。
講義の行なわれていない空き教室に入ると、彼は手を広げて言い放った。
――映画を撮ろうぜ。
あまりにも脈略のない提案に戸惑いを露わにする。
サトルは大きく息を吸い、諭すような口振りで語り始めた。
――まだ卒業制作に何を作るか決めてないだろ? だったら俺と共作しようぜ。
卒業制作については彼の言う通りだったのだけれど、どうして唐突に映画を撮ろうと思い立ったのかが引き続き分からなかったので、次の言葉を待つことにする。
――昨日の夜、リホちゃんと話をしたんだけどさ、あの娘、本気で死ぬ気だぞ。それも相当な覚悟だ。だから、あの娘が死ぬまでの日常と死ぬ瞬間をカメラに収めて、ドキュメント映画を作ろうと思ったんだ。協力してくれよ。
サトルは、クズだ。
――許されるわけないだろ。自殺を面白がるなんて。
――難しく考えんなよ。自殺なんてよくある話だ。交通事故の死者数よりも自殺者数のほうが圧倒的に多いんだぜ。俺のオヤジも自殺で死んでるしな。
その話は初耳だった。何を言えば良いのかが思い付かずしばらく黙り込んでいると、彼は、丁寧に隙間を埋めるように、淡々と話を継いだ。
――気なんて使わなくて良いからな。もう昔のことだし、あのオヤジは死んだほうが良い人間だった。少しばかり稼ぎが良いからって自分は絶対に正しいと思い込み、気に入らない点があると躊躇なく俺のことをサンドバッグにした。でも八年前、会社をリストラされた翌日に、自分は間違っていたかもしれない、そんな遺書を残して首を吊ったんだ。
――ドラマチックだな。
そう相槌を打ってすぐ無神経な言い回しだったかと反省をしたのだけれど、彼は一切気にも留めていないようで、笑えるだろ、と言ってから笑い方の見本を示すかのように笑顔を作った。かといって、笑えるわけがない。
――この世は地獄みたいなもんだ。その一部をカメラで切り取る。芸術的だろ?
――たとえ芸術的だろうと、そんなの学校側は受け付けてくれないよ。それに下手をすれば自殺幇助の罪で逮捕されかねない。
呆れ気味に言うと、彼は再び真剣な面持ちをし、口を開いた。
――ここの講師陣も芸術家の端くれだ。中には現役の監督もいる。本質を優先するか否か試してやるんだ。それとな、あくまで撮影をするだけで自殺を手伝うわけじゃない。なんなら引き留めたっていい。ただし俺たちが何を言おうと、リホちゃんは死ぬぞ。
加えて、念を押すように声を潜める。
――あの娘もすでに撮影を了承している。
返答に迷う。その様子を認めたサトルは話を進めた。
――タイトルは、贋作地獄変、なんてどうだ?
地獄変。有名な小説のタイトルだ。確かあの物語のラストは。
――焼身自殺でもしてもらうつもりかよ。
――理想的にはな。まだ自殺の方法を決めてないようだし。
――そんな死に方を選ぶわけがない。
――そうなるよう、それとなく誘導すれば良いんだよ。
サトルは、やはりクズだ。
そして、その提案を受け入れた男も。
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