シーン5

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シーン5

――なあ、こんな内容で作品になるのか? ――平気平気。  隣を歩くサトルはどんな話を振ろうと適当な口振りで相槌を打った。  二人きり薄暗い道を行く。撮影を終えて帰宅しようとした際、サトルがリホに留守番を任せ、駅まで送ると言ったのだった。サトルの暮らすアパートは住宅街にあり、周辺には戸建ての家が立ち並んでいる。ちょうど夕食の支度をする時間帯のせいか、時折、方々にある換気扇から魚を焼く匂いや野菜を煮る匂いなどが漂ってくる。  リホとの撮影はおよそ二時間に及んだものの、その大半はただ雑談をしているだけだった。それこそ、どこの料理が美味しいやら、あの映画が面白いやら、そういった会話ばかりだ。彼女は終始笑っていた。いや、昨日観た映画は胸糞が悪かったという話をした際には、そういう報告いらない、と言って渋い顔をしていたけれど、いずれにしろ死の気配は欠片もなく、そこには、いわゆる少女の日常、しかなかった。 ――何気ない日常にこそ地獄は潜んでいるものだぜ。  平和な街のど真ん中で自殺志願者の撮影が行なわれているのだから、サトルの言うこともあながち間違ってはいないような気もする。しかしながらその撮影内容もまた平和な日常だったりするので話がややこしい。マトリョーシカよろしく地獄の蓋を開けてみたらまた蓋があったような奇妙な心持ちになる。 ――駄弁っているだけの映像は芸術になり得るのか。  台詞をそらんじるように空に向かって言葉を吐くと、サトルが合いの手を入れてきた。 ――ラストさえ美しければな。 ――そんな単純なものか? ――カタルシスだ。あの娘が死を迎えた時、そこに至るまでの一コマひとコマに意味が生じる。なぜ暴力的な映画を嫌ったか、なぜ蛙の本を読んでいたか、すべてが線になる。 ――卒業を控えると思い出がキラキラしてくるようなものか。 ――おいおい、俗っぽい例え方するなよ。これは芸術だ。炎に巻かれれば本質が炙り出される。どんなに粋がっていようと絶叫するはずだ。命乞いもするかもしれない。そうすれば観客は心震わすんだ。身近に地獄があることを知って怯える者もいれば、少女の裏側を深読みして涙を流す者もいる。  やや興奮気味なサトルの表情を見て昨日のやり取りを思いだし、地獄変か、と零す。すると彼は、誘導を忘れるなよ、と釘を刺すように言った。  焼身自殺への誘導など果たして可能なのだろうか。そもそも今日の彼女を見る限り自殺という行為自体が絵空事のように思える。 ――彼女は、死ぬ、ということについて分かってないんじゃないかな。  そう言うと、サトルは神妙な面持ちをした。 ――お前は分かってるのか?  その口振りは本当に答えを知りたがっているようだった。咄嗟に、分からない、と答えると、彼は寂しげに、そうか、とだけ呟いた。  駅が近付くにつれ人の姿が増える。その様子を認めたサトルは、もう込み入った話をすることは難しいと判断したのか、会話の終わりを告げるように、あるいは気を取り直すように、さて、と声を張って相好を崩した。 ――明日は外で撮影しよう。
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