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「てんてぇ、あのね、今日ね、パパがお迎えにくゆの」
舌ったらずなかわいい声で話しかけてきたのは、ゆいちゃん。
私が担任する年少クラスの女の子。
「そうなの? ゆいちゃん、楽しみね」
父子家庭で、いつもおばあちゃんの送り迎えだから、お父さんとお会いするのはほぼ初めて。
入園式の日にはいらっしゃったはずだけど、大勢の入園児の保護者と会ってるから、正直、誰が誰の保護者なのかほとんど覚えていない。
夕方になり、お迎えに保護者が来始める。
間もなく5時という頃、
「ありがとうございました」
と男性に後ろから声を掛けられた。
見ると、どこか見覚えのある男性が立っている。
「小林 由花の父です」
背が高く、優しそうに微笑む姿は、どこかで会ったような気がする。
けれど、まずはご挨拶!
「はじめまして。ゆいちゃんの担任の水野と申します」
私はぺこりと頭を下げた。
「くくくっ、初めてじゃないし」
男性はおかしそうに目を細めて笑う。
「えっ? あ、失礼しました。入園式でお会いしてますもんね」
私はなんとかその場を取り繕おうと笑顔でごまかす。
けれど……
「違う違う。もしかして、忘れた? 水野 知里先生」
えっ、知り合い?
フルネームで呼ばれて驚いた私は、相手を思い出そうと、必死で記憶を探る。
小林さん、小林さん……
けれど、全然思い出せない。
「くくくっ、覚えてるのは俺だけか。小学生の時、クラスメイトだった佐藤 敦だよ」
えっ!?
驚いた私は、もう一度彼を見つめた。
そういえば、面影がある。
「ま、苗字が変わってるから、仕方ないか」
彼は気を悪くする素振りもなく、相変わらず笑顔だ。
なんで苗字が変わったんだろ?
婿養子?
でも、シングルファザーなのに……
分からないことはたくさんあるけど、懐かしいことに変わりはない。
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