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「……それで、そのどんぶりがこれ?」
「そう、今我々の前にある」
都心から離れた場所に住む友人の家に、どんぶりと共に押しかけてカツ丼を作ったところだった。
料理をしながら顛末も説明した。
昼飯作ってもらえればどっちでも良い。
という顔をしながら一応全部を話聞いてくれてはいたらしい。
「それ……騙されてない?」
「かもしれないなぁ、とは思った。けど」
「けど?」
「それはそれで経験かな、と」
「すごいなお前」
「話の種としてはありだろ」
そう言って笑いながら箸を手に取る。
「巻き込まれる理由って何?」
「俺一人だと思い込み、お前と一緒なら本物だろ」
「……今の話聞いてから食べたら、どっちも思い込みかもしれないんじゃないか」
「あっ」
箸で掴んで持ち上げたばかりのカツがどんぶりの上でひっくり返る。
「今すぐ忘れてくれないか?」
「無茶なこというな。野暮なことツッコんで悪かった」
「良いよ、俺がうっかりしてた。んじゃ冷める前に食べようぜ」
「おう」
「あ、忘れてた。手を合わせてください」
「小学生かよ」
『いただきます』
両手を合わせてから改めて食事を始める。
カツにかぶりついてみて、俺は動きが止まった。
一口大に切ってから口の中に入れた友人も、驚いた顔で固まる。
お互いの視線が交わると、静かに頷いた。
口の中の物をゆっくりと咀嚼して飲み込むと、友人が先に口を開いた。
「……マジだ」
「うまいんだけどちょっと変な味がする」
「そう、なんか、変わった味がする」
「本物だったんだ、あの店」
俺が驚いていると友人が疑いの眼差しを向けていることに気づいた。
「レシピ聞いてて披露する為に来た?」
「聞いてないし店主がどこにいるかもしりません」
「本当に? ドッキリじゃなく?」
「そのために俺がカツ丼必死に練習してくると思うのか?」
「あーそういうタイプでは、ないな……」
「だからこれは、多分本物」
「……うん、二口食べても思い出の味がする」
「懐かしいなぁ……」
今より若くて、もっとやる気に満ちていた事を思い出す。
そして、食べながら今という現実が襲いかかってくる。
「……あ」
「もしかしてお前もか?」
こくり、と静かに頷いて見つめられる。
行儀が悪いとは思いながら互いに箸をどんぶりの上に置いて、手が止まった。
「……あの頃はよく食えたよな、この量を」
「味なのになんで量まで再現したんだ」
「その方が盛り上がると思って」
「ああ。テンションは上がった」
全力で動き回っている学生が腹いっぱいになる量は、社会に出て数年経っている俺達には胃もたれする量になっていた。
「……思い出補正だったのかな」
「いや、ただ現実がしんどいだけで味はそのままだと思う」
美味しいのは事実なのだが、箸に手を伸ばす気になれない。
そのままで居ると友人が口に開いた。
「思い出は思い出で、良いものだったんだ」
「……そう思っておこうかな。あの頃はあの頃で、今は今」
「これもまた新しい思い出ってことで」
「……じゃあ、冷蔵庫借りていいですか」
「あ、僕のもしまって貰ってもいいですか。思ったよりきた」
「任せろ。そういやお前はまだ病み上がりだったな」
「もう完全に治ってるからただきついだけです」
「あ、それはよかった」
こうして思い出のどんぶりは、おっさん二人の昼と夜になったのだった。
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