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ミラー公爵家に手紙を送って数日後、懐かしい文字で了承の文が書かれた返事の手紙が送られてきた。
当日、緊張で音を立てる鼓動を抑えるために深呼吸を繰り返しながら彼に会ったら最初に何を言おうかと馬車の中でずっと考えていた。
本当はずっと会いたいとは思っていたんだ。
アデレードがミラー公爵家に嫁いだと知った時、アデルバード様になぜ教えてくれなかったのかと尋ねるくらいには彼のその後が気になっていたから。
彼からは酷い仕打ちを幾度となく受けてきたけれど、それでも捨てれなかった情は19年経った今も胸の奥に燻ったまま、その小さな火種を自分の子供のために燃え上がらせる事になるとは思いもしていなかったけれど、やっぱり僕達の間には切っても切れない何かがあるということなんだろう。
数日かけてミラー公爵家まで赴いた僕を、公爵家当主であるユリウス様が出迎えてくれた。
僕付きのメイドのラナに支えられながら馬車を下りるとユリウス様が僕の方に近づいてくる。
「我らが月であらせられる皇后陛下にご挨拶を。長旅で疲れたでしょう?お腹の子も休憩が必要でしょうし、美味しい紅茶を用意してるから早く中に入っちゃいましょう」
「お久しぶりですユリウス様。この度は突然申し訳ありません。お気づかいに感謝します」
「もうっ!いいのよっ。さあ、行きましょう」
ユリウス様に促されながらミラー公爵家に入る。ユリウス様はアデルバード様とは幼少の頃から仲が良かったらしく、立場関係なくこうやって気さくに話しかけてくれるから肩の力が少しだけ抜ける気がした。
お腹の子のこともまだ世間には公表していないものの、ユリウス様と義妹のエレノアにだけは伝えている。
彼の柔らかい雰囲気や独特の喋り方が緊張を緩和させてくれる。初めてユリウス様とお話をしたのは僕が政治に関わり初めて最初の社交界の日だった。その時もこんな風に彼は優しく話題を振ってくれたんだ。
そんな彼がアデレードの旦那様なのだと思うと本当に驚いてしまう。
「アデレードは客間で待機してもらっているわ」
「僕に会うことについて何か話してましたか?」
「なにも。ただ、黙って了承の手紙を書いていたわ。届いたでしょう?」
「ええ……」
やっぱりあれは彼の字だったんだ。
懐かしい達筆は昔ライヒトゥムにいた頃に何度も見たからよく覚えていた。
客間の扉を使用人が開けてくれて、中に入るとソファーの隅に腰掛けるプラチナブロンドの後ろ姿が目に入ってきた。
「リュカ様がお見えよ〜」
ゆるくユリウス様が彼へと話しかけると、その声に反応してプラチナブロンドの髪がサラリと揺れて、濃ゆい海を閉じ込めたような青い瞳と目が合った。
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