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【3】行動することに意味がある
アパートの最寄り駅から五駅。地図アプリで辿り着いた住宅地の一軒家には、「向坂」の表札が掲げられている。鈴から出てきた紙に書かれた住所と名前と一致していた。
「ここで、間違いないよな」
抱えたテディベアに訊ねるように呟いてインターホンを押すと、しばらくして女性の声で返答があった。
『はい』
「あ、えっと……こちら向坂瑞希くんのお宅で間違いないでしょうか?」
『ええ、そうですが……あなたは?』
「紺野と申します。今日は瑞希くんの大切なものを、お届けに」
玄関のドアを開けて出て来た瑞希の母親は、永の抱えていたぬいぐるみを見るなり小さく叫んだ。
「まあまあ、コタローじゃないの! まさか戻って来るなんて」
「コタローって、こいつの名前ですか?」
「そうなの、うちの瑞希の持ち物だったんだけれど、事故の日から見当たらなくなって」
「事故……」
「あなた、これをどこで?」
「実は――」
手に入れた経緯を説明すると、瑞希の母親は何度もうんうんと頷いていた。
「自分で持ち出したのは確かだから、その後きっと誰かに拾われたのよね。捨てられてしまうよりは、新しい持ち主のところに行った方がコタローも幸せだったとは思うけれど、瑞希はきっと離れて寂しかっただろうから、戻って来てくれて嬉しいわ」
そう言ってぎゅっとコタローを抱きしめると、彼女は永にずいと歩み寄った。
「ところであなた、この後お時間は?」
「えっ……と、まあ、はい」
「じゃあ、早速行きましょうか」
曖昧な返事を肯定と受け取ったらしく、永は車に押し込まれてそのまま強制的に移動することになった。
自家用車の辿り着いた先は、予想していた墓前とは違って病院だった。部屋で会話した霊体とそっくりな少年がベッドに横たわっているのを、永は実に奇妙な心持で見つめた。
「車にはねられた後、体に異常はないと言われたまま目を覚まさなくて。もう半年にもなるのだけれど」
その理由については、永の方がより理解していたかもしれない。恐らくはコタローを探し回っていたから。リサイクルショップに置かれた後、きっとどこにも行けなくなっていたに違いない。腕に抱いたコタローを枕元に置くと、ほどなくして瑞希が睫毛を震わせながらぱちりと目を開いた。
「っ……! 瑞希!!」
「お、かあ、さん……?」
永を押し退け、母親はベッドに駆け寄り起き上がった息子と抱き合った。夕刻の陽が差す、まるで肖像画のように美しい光景に気後れした永は、こっそりと廊下に出てナースセンターに状況を伝えに行った。
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