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【4】幸せのスタート地点
一週間後に改めて訪れた病室は、いつも通りの静けさを取り戻していた。
「お兄さん」
永を見てぱっと表情を輝かせる瑞希に、思わず笑みがこぼれる。見舞いのカスミソウを手渡しながら、傍らの椅子に腰かけた。
「具合は?」
「すっかり良いです。記憶も混乱はなくて、来月からは復学できるみたいで。まあ、もう一度高一をやり直すことにはなるみたいですけど」
「ずっと寝てたんだから、それは仕方ないよなあ」
身体から抜けて浮遊していた間の記憶はかなり曖昧らしいが、永のことは直近なこともあり目覚めた後も鮮明に覚えていた。
「ベンチに置き忘れたコタローを、取りに行く途中で事故に遭って……だから、コタローのことばかり考えていたせいで意識が辿り着いてしまったんですね」
カスミソウのブーケをコタローの腕に差しながら、瑞希はしみじみと呟いた。
「ところで……俺の名前、お兄さんじゃないんだけどな」
「そう言えば、まだ聞いてませんでしたね」
「興味ない?」
「そんなこと……」
ぷう、と膨れる様が可愛くて、柔らかい頬を突きながら永は初めて名乗った。
「永だよ、永遠の永」
「永さん……何だか、縁起の良い名前ですね。好きです」
「好きって……」
「何か、おかしいですか?」
ふわりと微笑うその屈託のない笑みに、何もおかしくないよと永は応えた。生身での互いの交流は、今始まったばかりなのだから――
END
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