扉の向こう

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 差し出された緑茶に口をつけていると、男が物件の間取り図をいくつか持ってきてくれた。  「ご予算は」「できれば安い方がいいです」「部屋の間取りに希望は」「特には」「駅から近い方がいいですか」「どちらかと言えば」いくつかの質問に対し、俺はどれも曖昧に答える。特にこれだ、という条件はない。どうせ住み始めたら飽きてしまう。 「何か、外せない条件はありますかね」  尋ねられ、俺はうーんと唸る。外せない条件。あえて言うなら敷金礼金がないことだが、しかしそれも必須ではない。俺はしばらく悩み、ポツリと答える。 「飽きない部屋、ですかねぇ」 「飽きない、ですか」  俺の間抜けな回答に、しかし店主は笑うことなく、真剣に頷いてくれた。その態度が嬉しくて、俺はつい自身の性格について話していた。 「実は自分すごく飽きっぽくて、何度も引っ越ししているんです。なんなら毎日違う部屋に暮らしたいくらいで」  苦笑してみせると、店主は「なるほど」と頷いた後、にやりと笑って見せた。 「そんなお客さんにちょうどいいサービスがありますよ」  そう言って店主が小脇から取り出したチラシには、「レンタルーム始めました!」という見出しが躍っていた。レンタルーム? 賃貸なんだから、レンタルなのは当たり前じゃないか。そんな疑問が顔に出たのか、店主は俺の心中を察したかのように口を開いた。 「正に、お客さんの希望通りのサービスなんですよ」 「というと?」  興味をそそられ続きを促すと、店主が更ににやりと笑って見せる。 「なんとこの物件、玄関を開けるたびに毎回違う部屋に繋がるんです」 「なんですかそれ」  店主の言葉に、俺は呆気に取られる。冗談だろうか。しかし店主の笑みに、冗談の色は浮かんでいない。 「言葉通りです。玄関を開けるたび、ある時は六畳一間のアパートに、ある時はロフト付きの部屋へと繋がります」  つまり、それはあの有名な青狸ロボットの便利道具が現実になったということだろうか。そう尋ねると、「そういうことですね」と店主は頷いてみせる。そんな馬鹿な話があるか。だが、店主の表情に相変わらず揺らぎはなく、どうにも嘘をついている様子はない。では、本当にそんな物件があるというのか。であれば随分魅力的な話である。が。
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