扉の向こう

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「でも、お高いんでしょう?」  そんな摩訶不思議な物件、安かろうはずがない。とても俺に手が出せるとは思えない。そう思い尋ねたのだが、その俺の言葉に店主はまたにやりと笑ってチラシの家賃を見せてきた。そこに書かれている価格は、外に張り出されていたどの物件よりも安かった。 「どうしてこんなに安いのですか」  当然尋ねたところ、店主は「それはですね」とわざとらしく声を潜める。 「サービス期間中ということもあるのですが、実はこれ、既に住んでいる人の部屋にワープするようになっているんです」 「は? ワープ?」  そんなの、本当に青狸案件じゃないか。 「そんなことが可能なわけ……可能だったとして、そんなの不法侵入じゃないですか」  一体どんな仕組みなのかはさておき、とんでもない話だった。既に住んでいる誰かの家に入り込む? 道義的にどうなんだ? しかし店主はそんな俺を宥めるように、ゆっくりと首を横に振って続けた。 「大丈夫です、部屋の持ち主にはそのような事態が起こりうることを契約時に説明済みです。その代わりに、レンタルームとして利用があった場合には家賃から割引が行われることで了承を得ています。また、部屋主がいない時に部屋に繋がるようになっているので、万が一にも鉢合わせすることはありません」 「それは、旅行時とか、そういうことですか」 「そういうことですね。お客さんは安くいろんな部屋を利用できる。部屋主さんは利用された分だけ家賃から割引が行われる。そうしていろんな人が助かる、新しい住居サービスです」  なるほど、部屋のシェアリングサービスというわけか。それは実に面白い。確かに新しいサービスだ。 「いかがでしょう?」  店主の言葉に、俺はペンを手にそのまま契約の手続きに移っていた。
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