扉の向こう

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 そうして過ごしていたある日のこと。その日、俺はいつものように、誰に言うでもない「ただいま」を言いながら玄関を開けた。今日は一体どんな部屋だろうか。少し疲れたから広いベッドの部屋がいいな。更に風呂が広ければ言うことはない。そんなことを考えながらリビングへと進むと、何かにけつまずいた。今まで部屋に何かが散らかっていることなどなかったから、違和感を覚えつつその正体を見た。  それは、人だった。ごろりとうつ伏せに転がっている、人だった。  人? おかしい。レンタルームはその所有者がいない時にしか入れないはずだ。ではこれはなんだ。そう思いながら、うつ伏せだったその体をゆする。まるで作り物のように冷え固まったそれを、最初は人形か何かと思った。  だが、体をひっくり返し、顔を見た際に、それは違うことに気付く。  それは人だった。正確には、人だったもの。死体だった。 「ヒッ」  思わず悲鳴を洩らす。力なく項垂れるその顔は青白く、冷たかった。  驚きのあまり俺の呼吸は浅くなる。一体どうして、こんなことに。  落ち着け、落ち着け。俺は自身にそう言い聞かせ、呼吸を深くする。ひとまず、不動産屋に連絡だ。  二回のコールの後、不動産屋はすぐに電話に出た。 『もしもし』 「も、もしもし。あの、レンタルームを利用しているものですけど」 『ああはいはい、どうされましたか』 「あの、実は、今日の部屋で、その、人が……死んでいまして、あの、どうしたら」  震える声で説明する俺に、不動産屋は『あー……』と一瞬考えるような声を洩らしたかと思うと、あっけらかんと、言った。 『たまにあるんですよね、そういうこと。まぁ、気にしないでもらっていいので』 「は?」  不動産屋の言葉に、思わず俺は固まる。たまにある? 気にしないで? 「いやちょっと待ってくださいよ、人が死んでるんですよ、こんな、事件じゃないですか」 『いやまぁ、たまにあるんです。まぁでも明日にはまた違う部屋ですから。お客さんは気にしないでもらって、ちょっと一日だけ我慢してもらえば』  我慢しろ? こんな死体のある部屋で過ごせと? 不動産屋の言っていることが理解できずに、俺は言葉を失う。その間にも、不動産屋はマイペースに言葉を続けた。 『数日もすれば誰かに発見されるでしょうから……まだ腐っていないでしょう? 臭いがしないんであれば、部屋のオブジェとでも思ってもらえば大丈夫ですから』 「いや、全然大丈夫じゃないですから! 警察、警察呼んでくださいって、ていうか様子見に来てくださいよ!」 『いやぁ、一度利用始まった部屋には入れないんですよね……まぁ、とりあえず我慢してもらって』 「もういいです!」  不動産屋の態度に我慢できず、俺は思わず電話を切った。
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