扉の向こう

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 どういう、ことだ。  嫌な汗が背中を伝った。振り返れば、相変わらず死体の部屋が、そこにある。  嫌な夢でも見ているのではないか。そう考えていると、スマホが着信を知らせた。不動産屋からだった。慌てて俺は通話に切り替える。 「も、もしもし」 『あー、もしもし』 「あの、ちょうどよかった、あの、実は、今部屋出ようとしたら、違う部屋に出ちゃったんですけど」 『そうでしょうね』  そうでしょうね? 不動産屋の言葉に、思わず唾を飲み込む。 「あの、そうでしょうね、とは」 『貴方、契約破りましたよね』  契約? 部屋の場所を探ったことだろうか。 「いや、その、確かに部屋の場所、調べましたけど、でもあれは事件を解決させる為に仕方なく」 『それだけじゃない、他の人を部屋に呼ぼうとしましたね?』 「け、警察のことですか? だって死体があったんだから、警察を呼ばないと」 『私、言いましたよね? 我慢してくださいって』  不動産屋の言葉は、冷たい。いつものにこやかな雰囲気など微塵も感じられず、突き放すような冷たさだけがあった。 「い、言いましたけど、そんな、死体と一緒に過ごせだなんて無理ですよ」 『それも含めて契約だったんですよ。今までいろんな部屋があったでしょう? それと同じだと思って過ごせばよかったのに』  あまりにも理不尽な話だったが、不動産屋はこちらの話を聞くつもりはなさそうだった。 『とにかく、契約違反なので、これでレンタルームは終了です。さようなら』  そう言って、電話は一方的に切れた。すぐさま折り返したが、電話が繋がることはなかった。
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