扉の向こう

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 その日、俺はとある不動産屋の前に張り出された物件一覧を眺めていた。根が飽きっぽく、どうにも同じ部屋に住み続けることが苦手だった。住み始めて半年もすればもう次の物件を探し始めてしまい、一年以上暮らせた試しがなかった。根無し草という言葉は俺の為にあると思う。  物件を探すにあたってのとりあえずの条件は家賃が安いこと。それと敷金礼金がないことだった。どうせ短い間しか住まないのに、敷金礼金を払うことがもったいなかったのだ。しかしそうして見つけた物件は、大抵壁が薄かったり、隙間風が酷かったり、風呂が古かったり、夜中に金縛りにあったりするのだった。  そういったことも手伝って、俺の引っ越し癖はますます加速。今日も今日とて不動産屋巡りをしているわけだが、なかなかこれだ、という物件は見つからない。どうしたものか、いっそもっと離れたところを探そうか、と不動産屋の前から離れようとしたその時だった。 「物件、お探しですか?」  引き戸がガラリと開けられ、中から小太りの男が現れた。恵比須顔のその男は、どうやらこの不動産屋の店主らしい。この手の顔の人間はいまいち信用できないというのが持論であったが、その日は何故だか、話をしてみようという気分になった。 「そうなんですけど、どうにもこれだという物件が見当たらなくて」  俺の言葉に、店主は「よかったら中で話伺いますよ」と笑みを浮かべた。何件も店を回って疲れていたのもあって、俺はその誘いに乗ることにした。
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