星の降る街

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星の降る街

 星が降る街があるという。  子供の頃、夢の中で星が降るように美しく輝く光景を見て以来、噂に聞いたその街にどうしても行ってみたかった。中学では天文部に入ってその話をしたが、誰もその街を知らない。 「いつか合宿でいこうよ」  仲間内で話をしていても手がかりもなく、情報の出所すらも不鮮明になってみんなは諦めてしまった。  僕は行くぞ、絶対にその街に行く。  それから月日が流れて高校に入ると、地元の天文同好会に入った。大人ならもっと情報を知ってるとか、詳しい人がいるんじゃないかと思ったからだ。しかし…そこでも星の降る街の話を知る人は一人もいなかった。 「そんな噂、聞いたこともない」  なんて笑われたけど、星が好きな仲間たちからは、いつかその街に行けるといいね、と背中を叩かれた。  彗星や流星群はいつも非常に気まぐれで、今回はとても大きく明るく見えるでしょうとか、今年は期待できそうですとか、そういう情報も空しい結果に終わることばかりだ。だから余計に星の降る街が気になって仕方がない。  夏休み、冬休み、春休みはバイトに明け暮れて、天文台のある町や星と地名がつく町を探しては旅行へ出かけた。結果は散々で、天気が悪い日に当たれば旅費だけを無駄に費やした。  僕は天文同好会に新しい人が入るたびに、星の降る街の噂を尋ねた。そんなに頻繁に仲間が増えるわけではないけど、子供の頃からの憧れはどうしても消えなかった。いつしか大人になっても、それは挨拶代わりとなっていた。  ある日、地元に引っ越してきたという女性が新規メンバーとして紹介され、僕はいつもの通りの挨拶をした。すると女性は「えっ、どこでその噂を聞いたの?」と驚き、その反応に僕も周りも大いに驚いた。  定例と化していた挨拶が挨拶どころではなくなるほど熱くなって「君は知ってるんですか?」とつい大声を出してしまい、初対面なのに大変失礼なことをしてしまったなぁと思いながら、その日の観測会を終えた。  翌日の夜、仕事から帰ると自宅の前に彼女が立っていて、昨日の話を詳しく聞きたいというのだ。  ぼくは嬉しくなり、近くのファミレスへ行って「子供の頃いつの間にか記憶にあった話」という昔語りから始めた。彼女は目を輝かせて熱心に静かにその話を聞いていた。僕が学生の頃にバイト代を使って行った山村でのハプニングには「あはは」と大声で笑った。  話がひと段落すると「じゃあ、今度星の降る街に行ってみる? きっとすごく綺麗に見えるはずよ」と、僕の前で彼女が少し妖艶な笑みを見せた。  一瞬ドキリとした僕は、笑いながら「本当にあるんだったら今すぐにでも行きたいね」と返事をすると、彼女はクスっと目を細めながら席を立った。 「じゃあ、行こうか」  食事の会計を済ませると、彼女は黒髪をなびかせて僕の手を引き歩き出し、地元で有名な公園へと入った。 「えっ、こんな近いとこなの?」  住宅地のど真ん中の小さな山。箱根山だ。  僕は騙されたと思って、立ち止まる。僕の手を引く彼女も立ち止まり振り返る。 「どうしたの?星が降るのを見たくないの?」 「見たいよ、見たいけど」  これは何かの誘いなのだろうか……。  星を追いかけるあまり、女っ気のない人生だった僕のこの胸の高鳴り。……どっちに対してだろう。 「なら、行きましょ」  彼女はにっこりと微笑んで僕の手を引いて小さな山の上を目指す。確かに今日は良く晴れているし、おまけに新月で絶好の観測日和ではある。しかし、都心の光害しかないこの場所で星が降るのだろうか。 「さあ、ついた」  彼女がそう言って振り返ると、ふわりと長い髪が風に漂う。  僕は空を見上げながら呟いた。 「確かに星は見えるけど、降るほどではないよ。それに街灯や団地の窓が明るくて」  言い終わらないうちに彼女が僕の胸に飛び込んできて、その衝撃で僕は仰向けに倒れる。彼女の肩越しには、紺碧の空といくつかの一等星。  身を起こす彼女の胸には、おびただしい血がみえた……。 「えっと……」  息が苦しい。いったい何が…… 「あのね、人は死ぬときに想いが分離して、まるで星のように煌めくのよ」  彼女の手には青白く光るナイフがあった。 「ほら、見て。これを使えばこんな風に」  彼女がナイフを空に掲げると、そこには煌めく星々が舞っていた。  それは、星を追いかけた僕の想いそのものだろうか……なんて美しいんだろう。  ありがとう、僕が見たかったのはこの光景だったのかもしれない。 「フフ……執念深いその想い…美味しくいただきますね」
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