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第29話 落雷
宮津からの帰りのバスの中、瑠里は超不機嫌顔で、外の流れる風景を睨みつけていた。
隣の席の夏海は、疲れきって爆睡していたので、不機嫌の理由を聞かれずに済んだことが救いだった。
今は、とても穏やかに誰かと話せる気分じゃない。
青の嘘つき!
怒りんぼ!
突然の青の態度の豹変は何だったんだろう?
ルーキー橋垣君を私が庇った?
青の言葉を制止はしたけど、あれは庇うつもりなどではなかった。
二番煎じってなんだ?
お茶が不味いってこと?
それとも橋垣君に先にお茶をあげたのが気に入らなかったの?
ただのガキじゃん!
とても感動したのに!
とても幸せだったのに……
怒りの感情が収まると、今度は酷く悲しくなってきた。
せっかく出会った頃のように仲良くやれてたのに、また上手くいかなくなった。
青は、時々とても難しい。
いや、そもそも気難しい。
普通の人とはちょっと違う。
彼にどんなことがあって、どんな環境でそうなったのかも、知らない。
でも……やっぱり、どうであれ、青が好きだ。
気難しくても、冷たくても、恐くても、全部引っくるめて好きなのだけど……
時々とても傷つく。
立ち直るのに一苦労する程傷つく。
トンネルに入ったバスの窓に映った泣きそうな顔で瑠里は思う。
大会が昼過ぎに終わり、選手、応援団のバスが大学に帰り着いたのは4時を回った頃だった。
出発する頃からどんよりしていた空模様が、とうとう本降りの雨になった。
クラブハウス近くまでバスで乗り付け、1年はのぼりや色々な道具類を雨の中、大急ぎでクラブハウス内へ運ぶ。
駅伝チームメンバー達は、軽いミーティングの為に集会室に入る。
瑠里はバスとハウス内の用具庫を往復するのに忙しく走り回っていた際、1度だけ青とすれ違ったが、彼を見ることはしなかった。
青の視線は感じたが、意地でも見なかった。
外では珍しく冬の雷が鳴っている。
ゴロゴロとまだ遠くの方で聞こえていた。
「 瑠里ちゃん、お疲れ様ー!」
最後の荷物を運び入れると、夏海が声を掛けてくれた。
「 お疲れ様!私なんかより、夏海ちゃん、疲れたでしょ?」
雨に濡れた防寒着をタオルで拭きながら、瑠里が尋ねると、夏海はニッコリ笑った。
「 疲れたけど、チームが準優勝してくれたのがなんか凄く嬉しくて!」
そこで夏海は、瑠里に肩を寄せると
肘で軽くつついた。
「 月城さん、凄かったね!駅伝復活で区間新なんて、凄すぎ!」
「 ……うん。ホントに凄かった…」
「 月城さんと、もう話せたの?」
「 うん、ちゃんとおめでとうございますって伝えたよ。」
瑠里は、なるべく自然に微笑んだ。
『 瑠里ちゃんにだけは、優しいから応援してるの!』
以前、夏海が言ってくれた言葉を瑠里は忘れてなかった。
今日の青とのやり取りを知ったら、また反対されかねない。
「 夏海ちゃんは、駅伝チームのミーティング出なくていいの?」
瑠里は笑顔のまま話題を変えた。
「 うん、あっちは神崎さん担当だから。私と金沢さんは、それ以外の部員の解散ミーティングするの。もうすぐ始めるから待っててね!」
「 了解!玄関のフロアでいいのね?」
夏海は、そうそう!と頷きながら、庶務室へ入っていった。
青達が出てくる前に、帰ってしまいたいな……
今日は、ううん、暫くは、顔合わせたくないな……
少しずつ大きくなってきた雷の音を聞きながら、瑠里はぼんやり思った。
応援団の解散ミーティングは、10分と掛からなかった。
お疲れ様と、次の練習日の確認だけをして、解散となった。
とはいえ、外は結構な雨になっていた。
雷もかなり近付いている。
傘は持って来ていなかった。
どうしよう?
雷の音がゴロゴロから空気を裂くようなバリバリに変わってきた。
雷は、嫌いだけど、雨は好きだ。
他の皆は、玄関上がったフロアで、雨が止むか小降りになるのを待っている。
そうこうしているうちに、駅伝メンバー達が、集会室からフロアにゾロゾロ出てきた。
瑠里は、焦った。
どうする?どうしよう?
青と出くわすのと雨に濡れて帰るのと……
答えは迷わずに雨に濡れて帰る方だ!
瑠里は防寒着の首の所のチャックを開けて収納式の帽子を引っ張り出した。
そして、被ろうと顔を上げた時、こちらに向かって来る青と目があった。
や、やばい!
こっちに来る!なんで!?
来ないでよ!
瑠里は、大慌てで帽子を被り顎下で紐を締めると、玄関の自分のスニーカーまでヒョイっと飛んだ。
「 瑠里ちゃん!?何してるの!」
近くに居た夏海が、声を掛けた。
「 ご、ごめん!帰る!」
「 え!?何言ってるの!?まだ土砂降りだよ!雷危ないよ!!」
夏海の大きな声に、青が反応してこちらに来るスピードを上げ、人を掻き分けだしたのが見えた。
「 夏海ちゃん、ごめん!お母さんとの約束忘れてたから帰るね!」
瑠里は、夏海の制止を振り切って、逃げるように外に飛び出した。
外は、想像より強い雨が大粒で降っていた。
瑠里は、濡れるのを覚悟で走った。
防寒着自体は、防水性があるし、背負ったリュックもナイロンだ。
顔だけ我慢すればいい。
クラブハウス上まで坂をかけ登って校内道路まで出るとひたすら走った。
バス停まで、必死に走れば10分ちょっとで行けるはずだ。
その時、辺りが白く光り、ほぼ同時に鼓膜を突き破るような雷鳴が地響きと共に響き渡った。
「 きゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
思わず瑠里は、その場にしゃがみこんだ。
近くに落ちたのか!?
瑠里は、しゃがんだまま即座に辺りを見回したが、落ちた気配はない。
衝撃と恐怖に足がすくんだが、クラブハウスに戻る選択肢は無かった。
恐る恐る立ち上がり、再び走り始める。
その頃、外へ飛び出して行った瑠里を心配してガラスのドアにしがみついていた夏海に後ろから声が掛かった。
「 どけ!俺が行く!」
青が、同じように防寒着の帽子を被り、立っていた。
夏海が驚いて、横へ動くと
「 あの馬鹿が!!」
青は、そう呟くと、瑠里を追って外に飛び出して行った。
「 月城さん!瑠里ちゃんをお願いします!」
全速力で坂を上がり、瑠里を追いかける。
その時、地鳴りのような雷鳴が轟いた。
青は一瞬怯んだが、直ぐ様立て直して走り始める。
大雨に霞んだ向こうに走っている瑠里の姿が見えた。
「 高宮ーーー!!」
大声で叫んだが、雨音にかき消される。
前を走る姿が止まる気配はない。
「 くそっ!」
青は全速力で追いかける。
瑠里は、青が追ってきていることには、全く気づかないでいた。
とにかく、バス停までたどり着くことを目標にひた走る。
いつもトレーニングをしている北館の建物の横の道路には、街路樹が左右に並んでいる。
その街路樹に差し掛かった時だった。
辺り一面を白光が包んだ途端、空気を切り裂く衝撃音と同時に爆発音と地鳴りが響き渡った。
落雷だ。
瑠里まで30メートルという所まで追いついていた青は、目の前で起こった落雷の瞬間を見た。
瑠里が走る少し前の1番背の高い街路樹に光の柱が落ちた。
そして、その街路樹から細い光の線が落雷と共に伸びて、瑠里を襲ったのだ。
だが、そのとてつもない衝撃波で青も吹き飛ばされた。
地面に体ごと叩きつけられ、一瞬意識が飛んだ。
すぐに意識が戻ると、ふらつく頭を起こし、体も起こす。
そして、目の前の光景に愕然とした。
落雷を受けた街路樹が二つに裂け、少し離れた所に瑠里が仰向けに倒れていた。
「 瑠里ーーーーー!!!!!」
青は歪んで見える視界と闘いながら、ふらつきながら、瑠里の元へ必死に駆け寄る。
「 瑠里!!瑠里!!おい!!瑠里!!」
倒れている瑠里の背中に手を差し入れ、頭を支え、必死に声を掛けるが、反応がない。
顔が真っ白で、かすかに焦げた匂いがする。
頬を軽く叩いて声を掛けるが、やはり無反応だった。
青は咄嗟に周囲を見渡し、北館の入口が1番近いことを見てとると、瑠里を抱き上げ、移動することを決心した。
北館へたどり着くと、瑠里を降ろし、そっと横たえる。
自分の防寒着を脱ぎ、瑠里の顎下で結ばれていた紐をほどき濡れて張りついた帽子を脱がせた頭の下に枕代わりに差し入れる。
そして、瑠里の顔へ自分の顔を近づけ、呼吸があるかを確認すると呼吸してないことに気づき、愕然とする。
青は瑠里の防寒着のファスナーを下ろし、ウエアのファスナーも下ろし、急いで心肺蘇生を始めた。
「 瑠里!!ダメだ!!ダメだ!!戻れ!!」
授業で何度か実践講義を受けたことを思い出しながら、心臓マッサージを繰り返す。
そして気道を確保して人工呼吸をする。
青の大声と、騒ぎに気づいた学生が数名寄ってきた。
「 ど、どうしましたか!?」
「 今すぐ救急車を呼んでくれ!!それから誰でもいいからAEDをすぐに持ってきてくれ!!」
青の殺気立った声に、寄ってきた学生の1人は直ぐ様携帯で救急車を呼び、1人はAEDを探しに走った。
「 瑠里!!逝くんじゃない!!俺が許さない!!戻れ!!戻ってこい!!」
必死に心臓をマッサージし、人工呼吸を繰り返す。
そこへAEDを手にした学生が走って戻ってきた。
青は受け取ると、躊躇なく、ケースを開けて瑠里の体に装着した。
説明書を読まずとも使い方は、頭の中に入っている。
すぐに手順通りに電気ショックを行う。
だが、反応が無い。
青は、AEDを装着したままの状態で、再び心臓マッサージを始める。
ひたすら、瑠里の名前を呼びながら、マッサージをし、人工呼吸を繰り返す。
そして、救急車が到着し、救急救命士が担架を抱えて入ってきた。
おそらく側雷というものを受けたらしいことと、それからの時間経過と状態を伝えた。
救命士は、急いで瑠里を担架に乗せ、後から運ばれたストレッチャーに乗せ、救急車へ運ぶ。
雨は、だいぶ小降りになっていた。
「 貴方!乗って行きますか?」
救命士に尋ねられ、
「 はい!」
青は瑠里の荷物を纏め持ち、大きく頷き、救急車に乗り込んだ。
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