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後奏に入り大海はマイクを置いた。ビブラートの余韻が残る中、横目で隣に座る深月を見ると、古い曲ばかり歌う大海にはまるで興味が無いといった様子で曲を選ぶ機械(デンモクといったか)と睨めっこをしている。
顔も上げずに深月が言う。
「上手いねー。プロになっちゃえば?」
「そうか? へへ」
お世辞とわかっていても顔がにやける。大海は得意げにジュースで喉を潤しながら、隣室から漏れ聴こえる昭和歌謡曲に、趣味が合いそうだなとよしなしごとを思った。
大学四年になる娘の深月との、月に一度の恒例行事であるカラオケ。友達と趣味が合わず好きな歌がうたえないという深月は、大海の前では気を遣わず趣味全開の歌をうたう。
それが大海には何よりも嬉しい。
「よし、決めた」
深月が曲を入れると天井のスピーカーから怒涛のバスドラが鳴り出し、今度は大海がデンモクを手にシンキングタイムに入る。
これといって会話を交わすことはない。ただ、お互いに好きな歌を好きな時にうたう。それがこのカラオケルームにおける親子の在り方だった。
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