15人が本棚に入れています
本棚に追加
/14ページ
報告
「私、結婚する」
吉野陽美が、ファミレスに似つかわしくないくらい緊張した面持ちで言う。
「おめでとう」
俺は表情を変えず、ホットコーヒーを啜った。
「あれ、全然驚かないね」
吉野は唇を尖らせて、寂しそうだ。
「当たり前だ。何年お前の親友やってると思ってんだ」
二十八歳。学生時代から付き合っている彼氏の存在。大事な話がある、という呼び出し。
ここまで条件が揃っているのに見当がつかないやつがいたら、よっぽど鈍感か、相手に興味がないかだろう。
「『大事な話があるから、直接会いたい』で察しがつくだろ」
「そりゃそうか」
吉野が上の前歯だけを見せて、きれいに笑った。高校時代はショートカットだった彼女だが、彼と付き合い始めてから髪を伸ばすようになった。今や、胸の下までの長さになった髪の毛は、店内の照明を受けて艶やかに輝いていた。一段と美しくなった親友を見て、枯らしたはずの恋の花が芽吹き始めるのを感じた。
これで何度目だよ。心の中でため息をついてから、笑顔を作った。
「本当におめでとう」
「ありがとう。親友のかっつんにお願いがあります」
「なんだ?」
「私達の式でスピーチをしてほしいの」
――あれって同性の友達がするもんじゃないのか?
「新婦の友人代表として、スピーチしてくれない?」
固まった俺を見て、聞こえなかったと判断したのか、吉野が言い直した。
「俺、男だけど大丈夫か? 変な憶測生んだりしない?」
口ごもると、吉野が首を傾げた。
「変な憶測って?」
「吉野の元カレ、とか」
吉野が手を叩いて笑う。声が響いて、隣の客がこちらを見た。
「ないない! かっつんは全然そういう匂いしないしさ。大丈夫。実際何もなかったわけだし、もし疑われたとしても、堂々としてればいいじゃん。何も心配することはないよ」
「それもそうか」
ぺたり。俺は笑顔を貼り付けた。社会人になってから身につけたスキルだ。感情を殺すための仮面。
最初のコメントを投稿しよう!