出会い

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ そういえば屋上は使えるのだろうか。 漫画なんかでは使える学校を描かれていることしかないが、実際は使えない高校がほとんどだとよく聞く。 うちの学校はどうなのだろう。 そんなことを考えながらそっと周りにみつからないように屋上へと進んでいく。 なかなかに階段が長くて、途中からやっぱりやめときゃよかったと諦めてしまいそうになった。 もしこれで屋上が使えなかったらただ無駄に体力を消耗したことになる。 使える可能性も高くないのに…でも、ここからまた降りていくのもそれこそただの無駄足だ。 と、頭の中でごちゃごちゃと考えながら重い足を前に進めた。 行けるところまで階段を上がったがドアに立ち入り禁止の張り紙が貼ってあるのが目に入った。 やっぱり、屋上には入れないか… がっかりどころかぐったりして、もうしばらくは動けないなと、階段に腰掛ける。 ほかに1人になれそうな場所ってあるのか、 考えつくところはほとんど行ってみたけれど、なかなか落ち着いて1人でいられる場所は見つからなかったし… そんなことを考えていると、[ゴンッ]という鈍い音が屋上のドアの向こう側から聞こえてきた。 なんだ、相当痛そうな音が聞こえたけど… これは、ただ物音の正体を突き止めるべく行くだけ。そう謎に自分を正当化しつつドアの前に立つ。 ドアについている窓から人影は見えない。 そっとドアノブを回してみると、鍵は空いていてすんなりドアが開いた。    誰か中にいるのか? 「あのー、」 ドアを少し開けて顔を覗かせると、ドアの横の壁に背中を預けてうずくまっている女の子がいた。 誰だろう、と軽く顔を覗き込もうとすると女の子はガバッと顔を上げた。 ビクッとわかりやすく驚いた僕をじっと見つめて 『誰?』 と聞いてくる。 特別高くも低くもない声なのにやたらと耳に残る声だと思った。 「1年3組山門海」 ほとんど反射で返す。 『そうなんだ』 自分で聞いといて何だ、そのどうでもいいとでも言いたげな反応は。 文句を言ってやろうかと思ったが、それより先に彼女の腕が血で赤くなっていることに気がついた。 その反対の手にはカッターが握られている。 よく見てみると切られたような跡が… え、リスカ? うわぁ、痛そうだな。と目を背けたくなった。 でも、何か言うのはやめた。 咄嗟に何をいえばいいのかよくわからなかったのもあるし、もともと人の事情に首を突っ込むことは嫌いだ。 誰にだってどうしようもないことはある。 こういうときは、やたらと触れない方がいい。 ただ、結構な量の出血のように見えるから失神してしまわないかだけ不安だった。 しばらくの沈黙の後、僕の方から口を開いた。 「…、ここって、立ち入り禁止だろ。 新入生代表挨拶までした人がいてもいいのか?」 記憶力は昔からいいほうだ。 ガバッと顔を上げられた時に誰なのかピンときた。 だが、今の行動と今まで勝手に思っていたイメージはどうも噛み合っていない。 彼女の挨拶の内容はテンプレのようなありふれたようなものだったと思う。 まぁ、だからと言って特別気になったわけではない。 沈黙が気まずかったのでなんとなく聞いてみただけだ。 すると、 『代表挨拶したからって真面目でいないといけないの?』 彼女は少し不機嫌そうにそう返した。 「そういう意味じゃないけど、」 そういうふうに言い返されるのを予想できていなくて、言い淀んでしまう。 『そういう意味にとれたよ』 彼女はまだ不機嫌そうだ。 「…、それは、ごめん」 素直に謝る。 『うん。』 彼女は、謝ったのがよかったのか、ケロッとしたような声で答えた。 「で、なんでここにいるんだ?」 『そのままそっくりあなたに返したいんだけど。』 「僕は大きい物音が聞こえてきたから様子を見にきただけだよ。  君、こけたの?」 『そうなんだ。』 僕の質問はスルーらしい。 「…、うん」 華麗にスルーされた質問の回答を名残惜しくも諦めて無難に返事をする。 『君は何も言わないんだね。』 彼女はどうしようもない、みたいなよくわからないような笑顔でそんなことを聞いてきた。 「何が?」 なんとなく、何について聞かれているのかわかっていたが僕は何故か鈍感なふりをして質問を返した。 何故そんなことをしたのか僕にもわからなかった。自分からは決してそのことには触れないぞという妙な意地だったのかもしれない。 『この腕』 彼女はなんでもないようにまだ血がついている腕をチラッと見せてきた。 「あぁ、まぁ人には色々あるもんだし。  でも、痛そうだからきちんと手当てした方がいいよ。」 大人ぶってなのか、ポーカーフェイスを装ってそんなことを言った。 実際彼女の傷は少し大きくて包帯くらいは巻いておいたほうがいいんじゃないかと思った。 『ふふっ、確かに。』 そんな僕の言葉を聞くと、彼女は顔をくしゃっと崩して笑った。 とても、優しい笑顔だった。 【すごく、綺麗だ。】 馬鹿みたいにそれだけ、一瞬でそれしか考えられなくなるくらいの衝撃が僕を襲った。 『君、名前なんて言ったけ?』 「山門海」 また反射的に返す。 口は動いているのに、頭はまるで回らない。 『ふーん。私、今川咲。  3組。よろしく』 彼女はそう言って手を差し出してきた。 落ち着け、落ち着けと心の中で唱えて、状況を簡単に整理しようとする。 でも到底そんなことできなくて、とりあえず差し出された彼女の手を握って 「あ、え、うん。知ってる」 なんて、口にしてしまった。 『そうなんだ。』 彼女はなーんだとなんでもないような顔をして、ぼーっとしている僕に  『ここ、私は特別使ってもいいことになってるんだけど海も使いたい?』 と言った。 「え、…、あ、うん。まぁ、使わせてもらえるなら。」 僕は、急な名前呼びに少なからず戸惑った。 いろんなことが一気にきて、もう何が何だかわからなくなっている。 『あ、下の名前で呼ばれるの慣れてない感じ?』 「え? あ、いや。あー、まぁ」 次は戸惑っていることに気づかれて動揺してしまう。 『嫌?』 名前呼びに不快感はなかった。 「嫌…、では、ないかな」 『そう、じゃあいいね』 彼女はとてつもなく馴れ馴れしく、かつ太々しくそう言った。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 最初はこんな感じだった。 その時はもう何も考えられないくらいの熱に侵されていたがだんだん落ち着いてきて、最終的には馴れ馴れしいやつだな、と思った。 リスカをしているのをみると変わった人なのかもなとも思ったが、僕にとってそこはあまり重要視するようなところじゃなくて、特に気にならなかった。 というか、それどころじゃなかった。 それに、後々から聞くとリスカはその時が初めてだったらしく、痛いからとその日でやめてしまった。 なんのためにしていたのだ、そう問いたかったがやめた。 リスカはやめたのだと伝えられた時の彼女の雰囲気は「なんで?」と聞けるようなあっけらかんとした雰囲気ではなかったからだ。 彼女の後ろで黒い影が蠢いてるのを感じ取ってしまった。 いつもとは少し雰囲気の違う暗さに、僕は踏み込めず、聞くのはやめておこうと思った。 変に踏み込むとちょうどよかった距離が崩れてしまう気がしたのだ。 とりあえず、1人になれればいい。そう思っていたはずのに、その1人の自分の中に何故かすんなり彼女という存在が入り込んできた。 あの衝撃にはそんな不思議な力があった。 一緒にいてほしいとか、別に、そういうふうに思ってるわけじゃない。 遠くから見てるだけでもよかった。 でも、隣にいても不快ではない。そんな感じだ。 そんなこんなでかれこれ1年、彼女と一緒にいる。
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