第2話 鬼神の生まれ変わり

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第2話 鬼神の生まれ変わり

 それは一昨日のことである。  華やかな大都会の貧しい一画。 パチンコ屋の店内で台に向かい目を吊り上げている一人の青年がいた。  歳の頃なら大学出たての二十二才。  細身の身体に端正な横顔だが、本人の性質のせいかモテることはなかった。  艶やかな黒髪、下がり気味の細い眉に切れ長すぎて些かツリ気味な目のバランスに何ともいえぬ愛嬌がある。  この男こそ破魔之天王(はまのてんのう)の生まれ変わりである『鬼神頼光〈おにがみよりみつ〉』である。  もちろん本人はその事実をつゆほども知らない。  よれよれのスーツ姿にさきいかを咥えての貧乏ゆすり……。  容姿こそは先祖の『破魔之天王(はまのてんのう)』にうりふたつだが、 似ても似つかぬまけな雰囲気。  不真面目なオーラは先祖を汚していると言っても過言ではない。  次々に入賞穴をそれてアウト穴に流れてい行く銀球。  やがて、最後の一発がなくなると台に額を擦りつけて頼光は嘆いた。 「負……けた……」  頼光は潤んだ目を吊り上げた。  もともと吊り目の頼光の目はさらに吊り目になった。  頼光がさきいかを食べ終え、帰り支度を始めているところへ店員が声をかけてきた。 「ちょっとお兄さん! この台デジタルに7が入ってるよ! 今やめたら不利だよ!」  店員のその声に振り向く頼光。 「ハァ? あと五百円しかないんだ! これは帰りの交通費なんだよ!」  涙目の頼光に店員は残念そうに言った。 「ああ、それは仕方ないですね」  他の客に接客を始めた店員の背中と五百円玉を見つめ、またパチンコ台の前に座った。 (この五百円が三千円になるだけでも儲けだよな……いや、一万になる可能性もあることも) 「天に召します我らが神よ。我にチカラを!」  それっぽく天にお祈りをし、さきいかを咥え、勝負に挑んだ。  結果。 「は、ははは……」  勝負は一分も持たずに終了した。  ふらふらと鞄を持ち、走っていくタクシーや電車の音を聴きながらとぼとぼと1人歩いていく。   数時間後、やっと頼光はアパートにたどり着いた。  玄関のドアに紙が貼り付いていた。 『もうアナタとの付き合いにうんざりしました。全部は書いたらキリが無いので、これでさようなら』  頼光はドアにへばりついて「うそだろ……」と小さく呟いた。  六畳一間の雑誌と飲みかけのペットボトルが布団を囲うように乱雑した頼光の部屋。  パンツ一枚の姿で布団にうつ伏している頼光。 「パチンコには負ける……女の子にはフラれる……もう、ダメだ……」  転がってる飲みかけのコーラのペットボトルを取り酒の代わりに飲んだ。 「うう……オレも事故物件泊まる仕事するかな……お化け出たらお金貰えるとかよ……一応そういう職についてるわけだし……」   頼光の仕事はオカルト雑誌の取材記者だった。  一部の界隈では名が知れている雑誌だが普通の生活をしていたら決して目に入ることのないニッチな雑誌だ。   頼光が寝に入ろうとした瞬間、突然、携帯が鳴りだした。  顔を上げずにダレきって携帯を手にし嘆いた。 「電話出たくないよーお仕事したくないよー一億円のお仕事以外したくないよー」  ジタバタするも止む気配のない携帯に怒りを感じ渋々出た。 「鬼神です。どなたですか?」   『ああっ、鬼神さん? 私、大家だけど!』  声を聞いた瞬間、冷や汗が溢れた。 (大家! つまり家賃の取り立て!)  家賃以外で大家との接触がない頼光は慌てて布団から顔を上げ、愛想笑いで誤魔化そうとする。 「これは大家さん! 家賃の方は月末になんとかしますんで……」 『家賃? あ、家賃! アンタね! 早く出せよ! あと何かヤバイんだよ』 「何かヤバイ!?」  大家が家賃より大事なことがあるということは、よっぽどの緊急事態であることを頼光は素っ頓狂な声を出しつつ把握した。 『とにかく今、そっちに行くから!』  大家は数分で頼光の部屋の玄関前まで来た。  急いで綺麗とは言い難いスウェットに着替え、頼光は大家から事情を聞かされた。 「隣のおばあちゃんがここ四、五日出てこないの! あんた一緒に見ておくれ!」  息を切らし、青ざめた顔で大家は言った。 「何でオレが!?」 「鬼神さん、オカルトに詳しいんでしょ? それに家賃ためてるでしょ?」  オカルト記者は警察じゃないので本物の事件と一緒にしてもらっては困るが、家賃という言葉には逆らえないので意を決して、隣家に入ることにした。   頼光は事件だった可能性を考慮し仕事でも愛用してる手袋を付け、ノックを二回し、確認を取ってからドアを開けた。   頼光たちの気配以外はしなかったが微かに人の存在を感じる。 (頼む。何事も無く終わってくれよ)  頼光の願いは呆気なく裏切られた。  横たわってピクリとも動かない老婆が布団の上でうつ伏せになっていた。  死後はあまり経っていないのか遺体は綺麗な状態だった。  頼光は大家に目を向けることなく老婆の遺体を真っ直ぐ見つめて言った。 「大家さん……このおばあちゃん。亡くなってるよ」  頼光は携帯を取り出し、警察に連絡した。   大家はその場で小さく「はーっ 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と警察が来るまで唱え続けた。  その後の話によると事件性は無く孤独死として処理されたらしい。  「パチンコで負けてフラれての次は遺体の第一発見者にまでなるとは……」  頼光はため息をこぼすも(あの婆さん、ちゃんと天国行けたんかな)と亡くなった人間のことを心配する一面を持っていた。   頼光の周りをフワフワと飛んでいく人魂……。   チーンと鳴る鈴の音が部屋にこだましていく……。   それは老婆からの礼のあいさつなのか、これから起こる運命の合図なのかはわからなかった。   数日後、アパートでは遅れた通夜が行われた。   ホラーゲームを彷彿とさせるほど霧が濃く、通夜の雰囲気をさらに暗くした。 黒いスーツ姿でひとり受付に座っている頼光の、のんびりとした顔は無責任さ、そのものだった。  実際、頼光と亡くなったおばあさんには接点はなく、人手不足であるから家賃を1か月分見逃す代わりに駆り出されたのだ。 「家賃を人質に取られちゃ、断れないよなー」  頼光の無責任顔を一喝するかのように、一陣の疾風(かぜ)が吹き、霧の中から一人の大男が現れた。  頼光の知識からすると極道のボスと言ったイメージだ。  慌てて背筋を伸ばし、頼光はお得意の愛想笑いを浮かべた。 「兄貴、お勤めご苦労様です!」  勝手な極道イメージのせいか「兄貴」と妙な言葉を口走ってしまった。 (あの婆さんの息子? 甥かな? にしてもデカイし怖いな……)  頼光は大男の姿をこっそりと観察した。 ……なかなかの男前だが、無骨な髭面、大正時代に流行った様な背広に大きな   カンカン帽子、手にはステッキとなんとも時代遅れな格好であった。  「うーむ。男前ダンディだが、ファッションが古いな」   大男はニヤつきながら帽子の隙間からわずかに見える目で言った。 (ヤバイ。声聴こえたか?)  「お兄さん、死相が出てますよ」
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