第5話 リンエンのトラウマ

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第5話 リンエンのトラウマ

 肌でこの人は今まで会ってきたエセ霊能者とは違うと頼光は感じ取った。 リンエンの動き一つ一つにリンエンの弟子達は感嘆のざわめきをもらす。 その中には、ありがたがり涙を流す弟子の姿もある。   頼光も珍しくジッとリンエンから目が離せないでいた。 「ナウマク サンマンダアバ サラダンセンダン マアカロウシャアダ ソワタヤ ウンタラタ カンマンーッ! 破ーっ!」  気合い一声、リンエンの口から煙か霧の様な霊体が吹き出していく。 「おおーっ、エクトプラズムだッ!」  弟子たちは感動をしているが当の頼光は。 (綿菓子が出てるように見えるな……)  弟子が聞いたら怒りかねないことを思っていた。  やがて霊体は人間の形を構成していった。 (霊能ってのは派手なんだな………)  取材経験が乏しく霊能についての知識が映画やアニメでしか知らない頼光は呑気にその光景を見ていた。  頼光はエクトプラズムには少し引いていた。  なぜなら、少し汚い感じがしたからだ。  数分後、弟子たちに見守られながらリンエンと頼光は対峙した。  頼光は正直落ち着かなかったが取材込みだとしたら良い画になるだろうと浅はかなことを考えていた。  しかし、撮影禁止とのことで思惑あっけなく崩れた。 「……JB出版の松本さんの御紹介の鬼神……頼光さん?」  リンエンは無表情に細い目をさらに細くして言った。 「はい。よろしくお願いします」  リンエンの無表情とは反対に満面の笑顔を頼光は見せつける。 「で……どの様なご不幸が?」  リンエンの問いに頭をかきながら答える頼光。 「はぁ、最近パチ…………いえ、趣味の方がうまく行かず、それから異性運ってんですか、そっちのほうもサッパリで。あと金運」  リンエンは無表情だったが額に微かなピキっと青筋が出たのを弟子たちは感じ取った。 「その他には?」 「変な幻覚を見ましたねぇ、それが自分は妖怪だぞって」  リンエンの細い目つきが薄く開き、その目に頼光はゾッとした。 「妖怪?」  その場から逃げたい気持ちになり、頼光は慌てて身振り手振りで説明した。 「いやですね、オレじゃなくって、そいつが俺は妖怪だって」  頼光の話をさえぎり、リンエンは立ち上がった。  「解りました。どうやら貴方は厄介な(あやかし)に憑かれているようですね」 「厄介なんですか!?」 「貴方が道場に入って来たときから感じておりましたが、貴方、何者なんですか?」 (言ってることはカッコイイけど口からエクトプラズム出す人だからな)   弟子がリンエンのあとを継ぐように解説を始めた。 「そもそも妖怪とは動物に低級霊が憑依したモノで、それらを操っているのは、やはり人間の怨霊なのです!」  したり顔で解説するリンエンの弟子の説明から古典的な妖怪、一つ目小僧や 河童などの絵が浮かんだ。  そして、その解説は以前、頼光が書いた記事の丸パクリかと思うような内容である。 「いや、動物には見えなかったけどな」 「そう、動物には見えない! しかも相手の正体が解らないのでは貴方も気分が悪い でしょう……ひとつ霊視をしてみましょう! では先生どうぞ!」  弟子が言い切ると準備していたのかリンエンは祝詞をあげ始めた。  突然、激しいラップ音が起き始めた。  続いて祭壇に灯ったロウソクの炎が40cm超える火柱になって噴き上がる。  弟子たちはざわめき。  ただならぬ障気に顔色を無くしていくリンエン。 「なんだ、こ……これはッ!?」  激しい疾風が部屋の中を吹き荒れ、リンエンやその弟子達を打ちのめすが、頼光だけは何ともなかった。 「うわっ!」 「リンエン先生ッ!」 「え、なんか起きてるの?」  呑気に腕を組み、リンエンたちの様子を傍観していた。  衝撃に耐えながら僅かに開いたリンエンの瞳に入った頼光の背後には業火を背にしたかのように長剣を携え血にまみれた武将の姿が見えた。 「じ、地獄の悪鬼ッ!?」とリンエンの顔は恐怖に歪む。  黒い霧の様に膨脹した零体が頼光の背後を離れて リンエンや弟子達をゆっくりとすり抜けていくと全員が苦悶の表情で悶絶し倒れていく。  さすがの頼光もそんな様子に少し戸惑いの色が出てくる。 「なんか、ヤバそうな雰囲気だな」  やがて疾風やラップ音も止んで静寂が訪れる。  下を向いたまま喘ぎ、むっくりと身体を起こすリンエン。 「ぐッ……ううう……」 「えっと、リンエン先生、あと弟子の皆さんたち大丈夫ですか?」  リンエンに駆け寄るも頼光の腕を払いリンエンは言い放った。 「……出て行ってくれ、今の私にはとてもじゃないが修行不足だ……」 「はぁ?」  頼光は不満な表情で道場を出ようとしたら、背中に何かが当たる気配がした。  塩壺を持った弟子が頼光に塩をぶつけていた。 「先生はお疲れだ! 帰ってくれっ!」 「あの、お礼は? 二万円しかないんですけど……」 「そんなものいらない! 帰れッ!」  荒々しく引き戸を閉める弟子、呆然とする頼光。 「なんだったんだ!?」  背中に投げられた塩をはたきながら頼光は夕陽をバックに帰っていった。  夕陽に照らされた頼光から生み出された影は禍々しくこの世を恨んでいるかのような漆黒だった。  弟子は顔面蒼白で喘いでいるリンエンに声をかける。 「あの男は追い返しました。大丈夫ですか先生?」 「……恐ろしい……あれに憑依されたら私でも三日で死ぬだろう……あのは男はなぜ平気なのだ?! 鬼神頼光(おにがみよりみつ)!」  リンエンの取り乱した姿を初めて見た弟子たちはさらにざわついた。 「リンエン先生でも勝てない(あやかし)をなぜあんな小僧が!?」 「何かの間違いです!」 「しかし、我々は目の前で見てしまったのですぞ!」  慌てふためいていた弟子たちが突然、沈黙しだした。 「お前たち……どうした?」  1人の弟子が不気味な笑いで傍らの鏡を指で示した。 「……それは、あの若造と違って先生や私たちの魂が汚れているからではありませんかねえ……」 「私の心がケガレているというのか……!?」  弟子がニヤっと笑いながら指をさした鏡を覗くリンエンだがそれを見て、膝から崩れ落ちた。  顔が恐怖に歪む。  激しく震えるリンエンの後ろ姿には先程の頼光の背後にいたヤツとは別の魔が存在した。 「……破魔ノ血脈……()ヤサネバ……鬼神(おにがみ)……コロセ!」    リンエンは急いで結界を張ったが遅かった。 「ぜ、ぜんぜ……い……」   弟子たちは既に取り憑かれていた。 「あ、ああ……」  リンエンは姿勢を正し、印を構え、真言を唱えた。 「ナウマク サンマンダアバ サラダンセンダン マアカロウシャアダ ソワタヤ ウンタラタ カンマン ナウマク サンマンダアバ サラダンセンダン マアカロウシャアダ ソワタヤ ウンタラタ カンマンーッ」  (どこまで持つかわからないが! 鬼神頼光……何者なんだ!?) 
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