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「……あの時の瑠璃子ちゃんには負けたなぁ」
今。
京作の手にブリキ缶はない。
それでも、ふたりの体勢はあの時とほとんど同じだった。
ただ、瑠璃子の体には何の力も込められていない。
震えながら泣いているのも、あの真っ白な仔犬ではない。
京作は片腕で瑠璃子を包み込んだまま、建物の中に入った。もう片方の手で木戸を閉めるが、光源代わりに隙間を残しておく。
かつて米俵が並べられ、客で賑わったかもしれない空間は、今はただ灰色のがらんどうである。
細く差し込む秋の日差し。瑠璃子の髪が光を含み、豊かな稲穂そっくりの色に変わっている。
死人みたいに筋張った男の手が、ぎこちなくそれに触れ、そっと撫でた。
「……大丈夫さ。トントンは銀弥が東診療所に連れていったんだ。東察馬先生、会ったことあるだろう。あの人は本当に腕のいい医者なんだよ」
「……でも、人間のお医者様です」
「確かにそうだけど……察馬先生は銀弥に滅法弱いから。あいつに頼まれたらなんでもやってくれる。……いや、そうでなくても、弱った生き物を見れば放ってはおけない人だ。きっと助けてくれる」
「京作さん……どうして」
「ん?」
「どうして、私を責めないんですか」
「……」
「トントンさんが大怪我をしたのは、私のせいなのに。わ、私が……京作さんの仰る通りにしていれば、こんなことにはなりませんでした。……」
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