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「――っ!」
長い髪を振って否定する。細い体も脚も大きく揺れて、ふらついて。
京作に痛いほど手を握られていて、そこだけは決して揺るがなかった。縋るように彼の手の甲に額を当てた瑠璃子を、すっぽり覆い尽くすように京作は抱き寄せた。
「ごめん……ごめん、いやなことを言った」
「……うっ……ううっ……」
「こんなこと思っているわけがない。ひとつも。ほんの少しも」
「……っ」
声にならない。
顔を伏せたまま、瑠璃子は強く三度頷いた。すると京作も、何か言う代わりに三度、震える薄い背中をゆっくりと叩いた。
――仔犬を拾ったことも。
この町で身を寄せ合い暮らし始めたことも。
常に、ふたりにとって最善の選択だったはずだ。その時に採れる一番のやり方だったはずだ。
そして、瑠璃子の失われた記憶の彼方。
彼らが出会った日のことも、全て。
きっと、後悔するべき出来事などではないはずだ。……
「人間は……その時置かれた状況、そして自分の状態を踏まえて、とにかく一番いいと思う選択をしているんだろう。瑠璃子ちゃんが散歩に出たのも、きっとそういうことだったんじゃないのかな」
「……」
「僕は気にしていないから、君も気にしないでくれ。……むしろ僕は、瑠璃子ちゃんが自分の意見を述べたり通したり、自分の意思で動いたりする時が好きだ。これじゃいよいよ怒れるわけがないだろう」
「……」
「さて……瑠璃子ちゃん。これでもすっきりしないなら、そもそも話す相手を間違えているのかもしれないよ」
「……え?」
濡れた瞳のまま顔を上げる。
すぐ真横の木戸、その隙間からヂャリリリリと車輪の迫る音が聞こえてきた。
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