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 甲高いブレーキと共に止まる。  同時、京作のものより荒々しい手が木戸に差し込まれ、勢いよく開け放たれた。  しゃがみ込んだ瑠璃子が丸ごと陽に晒される。ただし曲げた脚の辺りだけ、自転車前輪の(こま)やかな影絵が描かれて。  魁はサドルに跨がったまま、誰もいない荷台を親指で示してみせた。 「よー。送ってきた。で、お豆腐はどうすんの?」 「えっ……え……?」 「いやだから。どうすんの? お豆腐はここで親分に撫でられてりゃ嬉しいのか? それとも、万年青(おもと)(ちょう)行くんだったら連れてってやるけど」 「え……」 「(あずま)診療所。行かなくていいのか? ――」  ……気がつけば立ち上がっていた。  自転車後方の荷台。少なくとも現在の記憶が始まって以来、瑠璃子はそこに座ったことなどない。  それでも自然に腰掛けることができたのは、京作の手によって導かれたからだ。 「……魁君のお腹に腕を回して。そう、しっかり掴まっているんだよ。この子は運転が荒っぽいから」 「京作さ――」 「行っておいで」  グン――と風が巻き起こる。  上半身がごっそり置いていかれそうになり、慌てて広い背中にしがみついた。  それでも――黄土色の髪を靡かせながら、群青色の瞳で振り返る。  真っ黒な着流し姿の青年は、もう既に大分遠ざかっていた。  表情もほぼわからない。だが、穏やかな隻眼()をしていることだけは、きっと誰が見ても想像がつく。
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