23人が本棚に入れています
本棚に追加
甲高いブレーキと共に止まる。
同時、京作のものより荒々しい手が木戸に差し込まれ、勢いよく開け放たれた。
しゃがみ込んだ瑠璃子が丸ごと陽に晒される。ただし曲げた脚の辺りだけ、自転車前輪の細やかな影絵が描かれて。
魁はサドルに跨がったまま、誰もいない荷台を親指で示してみせた。
「よー。おりん送ってきた。で、お豆腐はどうすんの?」
「えっ……え……?」
「いやだから。どうすんの? お豆腐はここで親分に撫でられてりゃ嬉しいのか? それとも、万年青町行くんだったら連れてってやるけど」
「え……」
「東診療所。行かなくていいのか? ――」
……気がつけば立ち上がっていた。
自転車後方の荷台。少なくとも現在の記憶が始まって以来、瑠璃子はそこに座ったことなどない。
それでも自然に腰掛けることができたのは、京作の手によって導かれたからだ。
「……魁君のお腹に腕を回して。そう、しっかり掴まっているんだよ。この子は運転が荒っぽいから」
「京作さ――」
「行っておいで」
グン――と風が巻き起こる。
上半身がごっそり置いていかれそうになり、慌てて広い背中にしがみついた。
それでも――黄土色の髪を靡かせながら、群青色の瞳で振り返る。
真っ黒な着流し姿の青年は、もう既に大分遠ざかっていた。
表情もほぼわからない。だが、穏やかな隻眼をしていることだけは、きっと誰が見ても想像がつく。
最初のコメントを投稿しよう!