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 万年青(おもと)(ちょう)、こぢんまりした(あずま)診療所の直上から陽が降り注ぐ。  だが、薄暗い廊下にいる三人にはさして関わりのないことだった。  丁寧に磨かれた板目の上。長椅子が壁に背を付けてひとつ置かれ、左から、魁、瑠璃子、銀弥の順に座っている。  右奥が処置室だった。  魁と瑠璃子が到着した時には既に、戸はしっかりと閉められていた。群青色の瞳を呆然と(みは)って見やる瑠璃子を、銀弥がようよう腰掛けさせたが、それからもうずっと開く気配がない。 「……」  特に言葉を交わすこともなく、時間は過ぎていく。  腕を組み、両目を閉じているのは魁だった。身長二メートルはあろうかという彼にとり、この椅子はやや低いと見えるが、むずかるでもなく脚を投げ出し腰を据えている。  瑠璃子はじっと俯いて動かなかった。泥の付いたスカートの膝、か細い十指を固く握り込んでいる。量の多い黄土色の髪がすっかり横顔を覆い、表情を伺うことはできない。  銀弥が最も姿勢良く座っていた。とはいえ、緊張や険しさの漲った雰囲気でもないため、ごく自然にそうなっているらしい。  いつもは黒い外套で上半身を覆っているけれど、今は取り払われ、ただの学生服姿である。ここは彼の祖父の代から馴染みの診療所だ。仔犬を包んで運び、血塗れになってしまったのを、医師の妻あたりが見かねて洗濯しているのだろう。  ふと、銀弥のまっすぐな黒髪が微かに揺れた。ポケットから何かを取り出している。それから、己の肩口越し、隣に座る少女の柔らかなつむじを見た。 「瑠璃子……」  瑠璃子は返事をせず、目も合わさなかった。が、彼の美しい黒い瞳に静けさ以外の色がうつろうでもなかった。  その代わり、瑠璃子に差し出した手のひらには彩りが満ちていた。  泣き腫らした群青色がそれを映す。丸く平たいガラス瓶。大粒の金平糖がぎゅうと詰められており、血の気のない頬に甘やかな光を反射させた。
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