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六つの若い瞳が鈴のようになって注がれる。
が、初老の男はちょうど手術用の耳掛け眼鏡を外したところだった。重たげなそれを白衣のポケットに仕舞い、代わりに鼻眼鏡を取り出し装着してから、
「アレ。いつの間にやら増えている」
と、ようやく瑠璃子と魁の存在を認識する。
銀弥がすっくと立ち上がった。
「察馬先生」
「ああ……まあいいよ。三人とも入りなさい」
濃い血の匂いを纏ったまま、気だるげに医師は言う。
「にぎやかにしても、どうせ起きんから」
「――……ッ!」
壊れた笛のような音。瑠璃子の喉が立てたものだった。黄土色の髪がふらりとして、椅子から転げ落ちそうになるのを魁に支えられる。
床を跳ねたのは金平糖の瓶だった。黙したまま処置室へ駈け入る銀弥の後ろ姿。
だからもう、魁が尋ねるしかなかった。――だめだったのか、と。
「……え?」
東察馬はぽかんと口を開ける。
同時に、輝く瞳の銀弥がバタバタと戻ってきた。
「生きてる……! 瑠璃子! 瑠璃子!」
「え? ん? ……ああ! ごめんごめん、起きんっていうのは、まだしばらく麻酔が効いてるよって」
「紛らわしいよなぁぁぁポテト先生!」
「うわー! ご、ごめんて! しがない町医者だもん、こういう場面の振る舞いは慣れてないの!」
「瑠璃子……!」
前から抱え込むように銀弥が来ていた。言葉を失ったまま瑠璃子は見つめ返す。
銀弥は猫に似た表情筋の持ち主で、決して暗いわけではないものの、笑うところを誰も見たことがない。そのことを踏まえれば、これは最大限に感情の乗った状態だった。真っ黒な美しい瞳が燦と輝き、双対の星空になったところに、群青色の瞳の少女を星座のように写し込んでいる。
「来て」
「あっ……」
手を取られ、立ち上がった自覚もないままに強く引かれ続けた。瑠璃子の言うことを聞こうとしない膝は、何故か銀弥には従順であるらしく、そのまま処置室へ入っていく。
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