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 ――察馬は謙遜していたものの、彼は内科のみならず、皮膚病だろうが眼病だろうが一通りの患者は受け入れる医者である。  が、さすがに仰々しい手術台まで構えているわけではないようだった。今、銀弥と瑠璃子が通り過ぎた椅子、これに腰掛けたまま処置をしたのだろう。  うっすらとした木製のベッド。マットレスが敷かれ、清潔な白いシーツが被せられ、その中心で仔犬は眠っていた。  伏せをするような格好だ。首だけがコテンと傾き、壁の方を向いてしまっている。 「……」  瑠璃子は蒼白のまま佇立した。どうすることもできずに仔犬を見下ろしている。  人形、あるいは剥製の横たわっているような硬質感を受け取るのは、胴体の様子が違うからなのだろうか。がっちりと包帯が巻かれているため、ふわついたいつもの印象よりもずっと引き締まって見える。また、いくら背中を凝視してみても、呼吸で上下している様子をなかなか確認することができないのだ。  銀弥がもう一度瑠璃子の手を引いた。その場でゆっくりと、引き下げるように。大丈夫、そう囁きながら共にしゃがみ込む。 「……」  震える息がかかるほどに近づいた。血の臭いを覆い隠す消毒液の匂い。ヒッと喉が鳴り、瑠璃子は思わず口元を両手で覆っていた。群青色に涙が溜まっていく。  銀弥が人差し指を己の唇に当てた。真っ黒な瞳で瑠璃子を見つめた後、導くように視線を落とす。  ――クー……。  そう聴こえた。  真っ白な頭の向こう側。尖った口吻、その先端の小さな鼻の穴から。  ――クー……。クー……。クー……。 「なぁんだ。(いびき)かいて寝てらぁ」  後ろからヌッと大きな影が差した。そう気づいた次の瞬間には、魁が両腕を広げてふたりにのしかかってくる。  瑠璃子はぐらつき、反射的にそちらを見やった。魁が優しい笑みを浮かべて待っていた。 「お豆腐の育て方がいいんだろ。こいつ強ぇわ。また散歩連れてってやれよ」 「――っ……。うっ……」  瑠璃子の鼻筋がみるみるうちに赤くなった。瞳から次々に涙が溢れ出してくる。  魁はすぐに立ち上がって離れた。代わりに銀弥がその背を擦る。  寝台に両手でしがみつき。トントンの後頭部を見つめながら、瑠璃子は力一杯に泣いた。 「うぇぇぇっ……うぇぇぇぇう……うぇぇぇんえうううう……!」 「は……? お豆腐、まだ金平糖あんの? 口ん中カラコロ言ってる」 「ええ? 瑠璃子ちゃん、金平糖食べてんの?」  医師が眼鏡の奥の目を瞬かせた。
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