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 技の掛け合い、激しい攻防。男同士の熱い汗と気炎が飛び交う度、立ち尽くす少女の黄土色の髪が煽られふわりと揺れる。 「……あ、あの……。あ、の……あのぅ……」  振り絞った声は勝負の白熱に掻き消された。  次いで、叩けば折れそうなか細い脚を動かそうとするも、なかなかスカートの直径から出ていくことができない。散歩用の綱を顎の下で握り締めたまま、おろおろと相撲を、そしてその足元を転げ回る仔犬を目で追うばかり。  そんな瑠璃子の前にすっと出たのは、黒い着流し姿の京作だった。  彼は足を運んでいくと――彼にしか見えない台風の目でもあるものか――何ら臆することなく右手を伸ばした。些かも戦いの巻き添えを食うことなく、仔犬のみ小脇に抱えて引き上げてくる。 「はい」 「あっ……ありがとうございます!」  瑠璃子を視認した瞬間にジタバタし始めていたトントンだが、受け取って抱き締めればすぐに大人しくなった。  それとは相反し、京作の背後で一層激烈さを増していく相撲勝負である。肩越しに、至極迷惑そうにちらりと見てから、 「……裏から出た方がいい。馬鹿に巻き込まれて怪我してしまうよ」  黒い袂に導かれるまま、瑠璃子は庭へと向かった。  かつてこの平屋は、表を店舗、奥を住居とするべく建てられた。通りから見れば大した御殿ではないものの、入ってみれば随分と長く続いている。  その分だけ庭も真っ直ぐに伸びており、点々とある井戸、小池、物干し竿、蔵の脇を順に抜けていく形だ。  ようよう裏口まで辿り着いた。  小さな門扉の傍には手作りの棚があり、植木鉢がいくつか乗せられている。  それをにこにこと眺める少女がいた。ズシッと逞しい薄茶の雌犬、ナムを従えている。  赤い着物にぽっくり下駄。腰まで伸びた直毛の黒が揺れ、切り揃えられた前髪の下で鈴子が微笑んだ。
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