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一
柊木町、鈴置葬儀店前。
やや毛の長い真っ白な犬が、しきりに石作りの花壇の匂いを取っている。
鼻も目も黒豆のようにつやつやした若い犬だ。ふと見上げれば、黄色い彼岸花が見事に咲いていた。前足を石の縁にかけ、パカッと口を開けて花弁を食もうとするのを、瑠璃子は慌てて抱き寄せて止めた。
「トントンさんっ。トントンさん、だめ」
「瑠璃子ちゃーん。待たせちゃってごめんねー」
塀の向こうから声がかかった。ふわふわの毛皮に両腕を埋もれさせたまま顔を上げる。
十六歳の稲羽瑠璃子は、大きく波打つ黄土色の髪。気弱そうに潤む群青色の瞳。装いこそ、白いブラウスに紺のスカートという地味なものではあったが、誰もがフランス人形を思い浮かべるであろう可憐な少女である。
そこにカラコロと歩んできたのは、市松人形そっくりの少女だった。直毛の黒髪を腰まで伸ばしつつ、前髪だけは眉の高さでジョッキリと切り揃え、赤い着物姿。十四歳の鈴置鈴子。
また、紐を引いて連れてきたのは、瑠璃子のトントンよりも一回り大きい犬だった。薄茶の短毛で、雌と思えぬほど凛々しく、筋肉質な体つきをしている。
「あ、鈴子ちゃん……」
「瑠璃子ちゃん、おはよー。トントンちゃんもおはよー。行こっか、お散歩ー」
「うん……」
しゃがんでいる瑠璃子の顔の前に、すっと手が伸ばされる。
群青色の瞳が大いに揺れた。が、市松人形の鈴子が何の邪気もなく微笑んでいるのがわかりもしたので、はにかみながら手を重ねて立ち上がった。
その間にも、犬同士は素早く近づいて交流している。
というより、白い雄のトントンの方が熱心に駈け寄ったのだった。正面から行くと、姿勢を低くして、薄茶の雌の尻の匂いを嗅ぎまくる。普通は嫌がるものだが、薄茶はなんともどっしりした態度で、トントンの体を組み敷くように仁王立ちしていた。
「ああっ、トントンさん! 失礼でしょう」
「平気だよー。ナムはトントンちゃんお気に入りだもんねー」
鈴子は朗らかに笑うばかりだ。
そもそも葬儀屋の娘が悪びれもなく、犬に南無などと名付けて可愛がっているのだから、日々おおらかにおかしみを見出しつつ生きているに違いなかった。
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