第3話

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第3話

 翌朝も、いつものように駅で直央くんを待ち伏せしている。 ゲームのデイリーミッションのやり方は、広太くんに聞いて分かってるけど、「分かんない~」って聞くつもり。 スマホの画面は開いている。 後は彼がやって来るのを待つだけ。  混雑している最寄り駅のホームは、同じ学校の制服がいくつも入り交じる。 一緒に登校する仲間を待つグループだって毎朝決まっていて、私もそんな感じ風を装っているつもり。 「おはよー」  柱の陰に立っている私を、広太くんは追い越してゆく。 そういえばいつも、声かけてくれるよな。 誰にでも挨拶する子なんだな。 何気なく顔を上げる。 ふわりとした風が、背の高い彼の前髪をゆらした。 その視界を遮るように、何者かが横切る。 目と目があった瞬間、私の息は止まった。 「千香ちゃん」  アノ子だ。 肩よりも長い黒髪がサラリと流れ、細い指はそれをかき上げる。 「一緒に学校行こ」  振り返った。 直央くんだ。 彼はカノジョにそっと寄り添うと、返事も待たずに歩き出す。 直央くんに釣られるように、ソノ子も歩き出した。 私は、微妙な距離感を保ったまま歩き出した二人の背中に、吸い付けられるように歩き出す。 行く先は同じなんだ。 私だって、カノジョだって、向かう方向は同じ。 こんなもの、見ない方がいいって、絶対分かってる。 だけど、どうしても目は言うことを聞かない。 何やってんの?  あんなブッサイクで遊んでそうなチャラい女のどこがいいワケ?  信じられない。 直央くん女の趣味悪くない?  あ~だからあんなのに引っかかるんだぁ!  泣きそうになって、ようやく目を反らす。 うつむき立ち止まった私は、その場に大きく息を吐き出した。 そうだよ。 コンビニ寄って立て直そう。 すぐ目の前にあったドアを押し広げる。 来店を知らせるチャイムがなって、あぁこんな私でも、存在を知らしめてくれるヒトがいるんだと、また空しくなる。 冷えたペットボトルをつかむと、それをギュッと握りしめた。  大丈夫。 私が直央くんを好きって気持ちは、誰にも負けてない。 誰にも負けないんだから、カノジョにも負けない。  何でもなかったフリをして、教室に入る。 「おはよー」  そう言って、直央くんに手を振った。 いつもなら恥ずかしくて、こんなコトしない。 だけど今だけは、そうやっておかないと我慢できない、耐えられない。 直央くんは席に座り一人でノートを広げていたけど、チラリと顔を上げて「おー」とだけ言った。 それだけなの? たったそれだけ?  ねぇ、私がアノ子だったら、もっと違う反応だったんじゃない?   落ち着いて他のことを考えていられるのは授業中だけで、休み時間になるとイライラと余計なことを考える。 いま何を考えているんだろう。 廊下に出たのは何の用?  いっそこのまま永遠に授業中なら、私もずっと彼の背を見ながら幸せでいられるのに。  昼休みになった。 直央くんが一人になるタイミングをずっと見計らっているのに、そんな都合のいいことには全然ならなくて、そのまま放課後を迎える。 私は今日もまた、この世界で誰よりも早く帰り支度をすませ、廊下へ飛び出す。 靴を履き替え、昇降口の外へ出た。 目の前にある一本だけ植えられた木の、その縁石に座り彼の登場を待つ。 もう今は、いつアノ子が来てもヘイキなように、心の準備だけはしてあるから大丈夫。 膝丈の縁石に腰掛け、だらだらと座っているだけのフリして、じっと待っている。 5月の風はどこまでも爽やかで、空は信じられないくらい青く澄んでいて、そうやって好きな人が出てくるのを待ってる時間は、長いようで短くて、もうずっとここに閉じ込められているみたい。 何人かの生徒が通り過ぎて、私はその靴先の行方だけをじっと見つめている。 ふとそのうちの一足が、こちらを向いた。 「……。またこんなところで……。なにやってんの」  広太くんだ。 最近なんだか、よく絡まれるような気がする。 そう思っていたら、隣に腰を下ろした。  別に邪魔だとかイヤだとかは全然思わないんだけど、私が待っているのは直央くんで、直央くんが来たら追いかけていくつもりでいるから、出来れば長居してほしくはないなーなんて、そんなことをぼんやりと思ってる。 だから別に、特に自分から話しかけることはなくって、多分それは向こうも同じで、ただの気まぐれで座っているだけだから、話しもなにもないんだと思う。 彼はただうつむいてじっと座っていて、時々茶色い天パの前髪を引っ張ったりなんかしてるだけ。 「……。広太くんは、なにしてんの」  彼があんまりにもすることなくてヒマそうだから、思ったことそのままを口にしてしまう。 「いや、別に……」 「……。ふ~ん……」  学校の放課後は平和過ぎて、よく晴れた真っ青な空に、白い雲は穏やかに流れていて、緑の若葉が目に眩しいって、こういうことなんだな。 早く出てきてくれないかな。 ぼんやりとまた空を眺めていたら、広太くんが口を開いた。 「あ、あのさぁ……。今度の……」  その広太くんの向こうから、賑やかな人の気配がして、その中に直央くんの声があった。 いつもの男三人組で下りてくる。 「えっと、郊外学習があるっしょ……」  私はすぐに立ち上がりたいのを、ドキドキしながらタイミングを見計らっている。 彼らが目の前を通り過ぎてからがスタートの合図。 自転車組の二人と別れた瞬間に、駆け寄るんだ!  「ねぇ、聞いてる?」 「ゴメン、後でいい?」  目の前で、3人が2人と1人になった。 私は立ち上がる。 「な~お、くん!」  駆け寄った私を、彼はチラリと振り返る。 一瞬、広太くんをみて固まったような気がしたけど、そのまま歩き始めた。その隣に並ぶ。 「ねぇねぇ、ちょっと聞いちゃっていい?」 「あ? なんだよ」 「うふふ。今朝ぁ~、見ちゃった」 「は?」 「ねぇねぇ、アレ……、誰?」 「誰って誰だよ、意味分かんねぇ」  今朝のアノ子より、私の並ぶ距離の方が近いもんね。 「今朝、駅から一緒に登校してた子」 「は?」  わずかに彼の頬が赤らむ。 「ね、彼女? あれって、もしかして彼女さんなの? かっわい~ね!」 「ちげぇよ、そんなんじゃないし……」 「え、ウソウソ! じゃあなんなの? 彼女じゃないの? 付き合ってるんじゃないんだ」 「だから、そんなんじゃないって……」  歩くスピードが少し速くなる。 だけど、置いてかれたりしないもんね。 「やっだぁ~。彼女かと思った~。付き合ってるわけじゃないんだ」  返事はない。 私はもう一度彼の横顔を見上げる。 「え、じゃあ、直央くんって、いま彼女いないの?」 「……。まぁ……、ね」 「そっか。まぁそう言う私も、彼氏いないんだけどね」  駅までの道がもっと長かったらいいのに!  気づけばもう駅舎が見えている。 改札を抜けると、私は彼の先に出た。 「じゃ、また明日―!」  普通に、普通に、手を振って階段を上る。 いつも直央くんが電車を待つ立ち位置は知ってる。 真正面に立つのは恥ずかしいから、少し離れたエスカレーターの横からその姿を拝む。 さっきの、ちゃんと出来てたかな。 ヘンだって、思われなかったかな。 我ながら自分の行為がバカらしくて情けなくなる。 だけど、遅れてホームに上がってきたその姿を遠くに見るだけで、そんな疲れも恥ずかしさも全てが吹き飛ぶ。 明日もまた、普通にしゃべれますように……。  明日はいよいよ春の郊外学習、つまり遠足の班決めと行動計画の話し合いがある。 学校から電車で1時間ほどの距離にあるお土産横町と博物館、小さなギャラリーの3ヶ所を好きな順番に見て回っていいことになっていて、結局は全員が一定の区域をぐるぐる移動するように出来ている。  私は部屋の明かりを消しベッドに潜り込むと、その観光地のサイトを開いた。 楽しみだな。 お昼はどこで食べよう。 アイスとか最中とかもおいしそう。 焼いたお餅とかも食べたいな。 ちょっとしたデートみたいじゃない?  そりゃグループ行動になってるから、二人きりってわけじゃないけど。 一緒に写真撮ったり動画もちょっとくらいは撮れたらいいな。 てゆーか、同じ班になるんだから、そんなのやろうと思えば撮り放題じゃない? 「……。きゃ~! どうしよう!」  スマホの容量空けとかないと。 隠し撮りとかもしたいな。 ダメかな。 できれば直央くんと2人のツーショットが……。 スマホが光った。 着信だ。 「もしもし?」 「早く来て。手伝って」 「えぇ?」  広太くんから、スマホゲームのバトル応援要請が届く。 「来週のイベント前に、もうちょっとレベル上げときたいから」  なんで私?  他に友達いないのかよ……とか思いながらも、ゲーム画面を開く。 「気づいてないでしょ」 「なにを?」 「……。レベル上げ」  ていうか、こんなゲームのことなんかすっかり忘れてたよ。 「イベント一緒にやりたいなら、もうちょっとレベル上げとかないとしんどいよ」  返事はしない。 だってどうだっていいんだもん。 だけどまぁ、これも直央くんに話しかける口実になるんだったら、いいか。 「ストーリー進めとかないと、使えない技とか武器もあるし……」  派手な画面に、モンスターや武器のカードが次々と入れ替わる。 まぁ、つまらなくはない。 広太くんは電話の向こうで、「うわっ」とか「やばっ」とか言いながら楽しそうにやってるから、まぁよしとしよう。 もしかしたら直央くんもこんな風に、いつもの男メンバーでこのゲームやってるのかなーとか思うと、それだけで許せるような気もしてきた。 「明日さぁ……」  ふいに話しかけられる。 「うん」 「郊外学習のグループ分けがあるでしょ」 「うん」  レベル上げのためのストーリーモードから、通信対戦モードに変わっていた。 炎タイプの私は、雷タイプの相手から責められている。 「班分けって、どうなるんだろうね」  このゲームは炎、水、雷の3タイプにキャ属性が分けられていて、炎タイプは雷に対して強く、水は火、火は雷タイプに対して強い。 「くじ引きとかなのかな。自分たちで決めていいとか?」  かならず炎、水、雷の3タイプを揃えてチームバトルをするこのゲームの仕組みとしては、雷は本来なら同じ雷タイプか、自分が有利に戦える水を狙うのがセオリーなのに、極端にレベルの低い私を先に倒して、2対3の有利な状況を作ろうとしているのだ。 「ねぇ、なんか私、めっちゃやられてんだけど!」  しかも雷は火に対して弱い。 属性不利を跳ね返し相手を倒した場合には、貰えるバトルポイントが加算されるため、相手チームは味方の雷タイプに私を討ち取らせようと、集中砲火を浴びせてくる。 「もしさぁ……、誰とでも好きにグループ作っていいって話しになったらさぁ……」  広太くんの水タイプキャラが、属性不利の雷に対し炎の私を守るため防御に入った。 広太くんの体力ゲージが大きく削られる。 「あぁ! やられたぁ!」  せっかく広太くんが守ってくれたのに、次の炎タイプからの攻撃を受け、私のキャラはバトルから退場させられてしまった。 「ごめ~ん」  人数不利になってしまったチームは、あっという間に負けてしまう。時計はとっくに12時を過ぎていた。 「じゃあもう寝るね。おやすみ」 「おやすみ」  通話を切りスマホを閉じた。 まぶたが重い。 寝落ち寸前だ。 このゲーム案外面白い。 早く寝ないと、明日も早起きして駅で直央くんを待つんだから……。
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