3、俺は子猫じゃない!

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3、俺は子猫じゃない!

 母のおかげで必要以上に騒ぎ立てなくてよくなった空雄は、居間に下りると朝食を出された。卵焼きにウインナー、白米とみそ汁。いつもと変わらない光景を前にして、ようやく平常心を取り戻すことができた。 「とにかく今は食べないと」  母は近くでノートパソコンを開き、何か検索しながら言った。妹は遅刻しそうなのにずっと心配そうな顔で空雄のそばに座っていた。 「行かないの?」 「私も休む」  思わず卵焼きをつかんだ箸が止まった。 「お兄ちゃんの一大事、でしょ。さっきはコスプレなんて言って、ごめん。一緒にいる」 「いいけど、むしろ怪しまれない?」 「兄妹が同時に休んだからって、お兄ちゃんが猫になったなんて誰が分かるっていうの? ねぇお母さん、私も休むって学校に電話して? お願い!」 「お兄ちゃんはともかく、小春。きょうは特別だよ。明日は学校に行きなさいね」 「はーい」  母は学校の電話番号を調べると居間を離れ、すぐに戻ってきた。小春はあんなに叫んでいたのに、いざというときには頼りになる。母もしかり、そんな家族がいて幸せ者だと思いながら、空雄は卵焼きを口に運んだ。しかし、咀嚼してのみ込もうとしたところで違和感に気付いた。 「お兄ちゃん、どうしたの?」  ゴクン、とのみ込んでから空雄は箸を置き、口の中がザラザラすることに気付いた。 「おいしく、感じない」 「もしかして、味覚が変わった?」  小春はまじまじ空雄のことを見た。 「空雄、口開けて」  母が前に迫って医者みたいに言った。素直に開けると今度は「舌出して」。べーっと出すと、すぐそばで小春が「げっ」と言うので恐怖心をあおられた。 「お兄ちゃんの舌、猫みたい」  小春に渡された鏡で自分の舌を見てみると、本当だ。突起のようなものが舌にびっしり生えていた。自分がいよいよ人間から遠ざかった気がして、気が滅入りそうだ。小春は何か思いついたのか、牛乳をマグカップに注いで電子レンジで人肌に温めると空雄の前に出した。 「なんのつもり?」 「いいから飲んで」 「俺は子猫じゃない!」 「いいから!」 「はい」  空雄は仕方なくマグカップを持ってグビグビ飲んだ。嫌いではないが、牛乳なんて大しておいしくもない。そんないつもの調子でいたが、舌を滑る牛乳の甘みに衝撃を受けた。牛乳がここまでおいしく感じるなんて。空雄は認めたくなかったが、舌が素直に反応しているのを受け入れるほかなかった。 「牛乳は飲める、と」 「メモるな」 「だって、食べられるものくらい知っておかないと。食事は大事でしょ」  小春はせっせと携帯で猫のご飯を調べ始めた。母は何を考えているのか。空雄は真剣な表情でパソコンに向き合う母をぼーっと見ていた。自分と同じく、猫人間の姿を世の中に知られるリスクでも鑑みているのか。それとも、人間と動物、どちらの病院に連れていくかで迷っているのか。 「ねぇお兄ちゃん」  顔を上げると小春がじっと見ていた。 「こうなったのには、理由があると思うんだよね。普通はありえないと思うけど、現実に起こっていることなら。何か、身に覚えとかない? なんでもいいからさ。猫に触ったとか。猫を見たとか」  うーんと考えてから「あ!」と唐突に思い出し、空雄は右手にある小さな傷痕を小春に突き出した。 「なにこれ?」 「昨日、何かにかまれたんだ。学校の帰り道、気付いたら公園で寝ててさ、起きたら傷ができてたんだ。動物か何かかな。ひょっとして猫かも」 「本当なの?」  母は空雄のそばに来て言った。 「うん。大したことないと思って、言わなかった」 「気付いたら公園で寝てたとか、超、危険な感じするんですけど? まさか、猫にかまれたから猫になったっていうの?」  信じられないと言いたげに小春は言った。  空雄は猫に対してこれといった思い入れがあるタイプではない。かわいいとは思うけど、ただそれだけ。他のかわいいアヒルやウサギと似たような感覚でしかない。 「このことは、お父さんが帰ってきてから話し合って解決方法を探しましょう」 「でもいいの? お母さん。病院とか連れて行った方がいいんじゃない?」 「今のところ、命にかかわる症状はみられない。何の考えもなしに病院へ連れていけば、世の中を混乱させる。結論を急ぎ過ぎてはいけない。こういう大事なことは、家族みんなで話し合わないと。お父さんが帰ってくるまで、私たちはできる限りのことをしましょう」  会社員の父は、平日の午後8時前に車で帰ってくる。学校を休んだ小春は母と一緒にネットで猫や猫人間について調べ、空雄も付きっ切りだった。昼前に母は買い出しに行くと言って2人に留守番を言い渡した。家を出る前に、母は言った。 「いい? 空雄。絶対に外へ出ては駄目。いたずらに周囲の好奇心を刺激するだけで、右も左も分からない今は、ここにいた方が安全。それから、耳としっぽを隠せる服がもう少し欲しいわね。お父さんの服、借りてもいいから探しておきなさい」
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