幸せな未来のために

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幸せな未来のために

秀野総理大臣は、ハゲ頭を抱えて悩んでいた。 この新しい法律、みんなヘアスタイルを変えることで国民は以前よりキラキラしていて、日本の未来は平和になってきて嬉しいが……。 窓から見える水色の空、流れていく人の波。私はまだハゲ頭のままだ。この法律、ハゲ頭の人のためだと思っていたが、そんな人たちはなかなかヘアスタイルの交換の交渉依頼があまり来ない。ハゲ頭同士での交換はある。それかハゲ頭が好みの女性と付き合っている人との交換だけか。 だから、考えた。カツラ屋さんを充実させようと。ハゲ頭の人が無料でいつでもヘア交換ができるお店。いや、誰でも無料で交換できる「ヘアスタイルチェンジショップ」を展開させようと。みんな元はハゲ。だから、カツラを付けているようなもの。もうカツラを恥ずる必要はないのだが、なかなか予算が足りない……。 「どうしたものか……」 日本の幸せな未来のために、私はこの法律を作った。ヘアスタイルでみんなが笑顔になって欲しい!と願いを込めて。確かに年々減少していた結婚率も上がり、少子化も減少。でも、日本人とはすぐに飽きる傾向がある。だから、いつこの流行が終わるのか分からないのだ。そうしたら、私たちみたいなハゲがまた苦しい思いをしなくてはいけないのか? それは避けなくては! だから、もっともっとこの法律をよくしていけなければいけない。 「父さん、何険しい顔してるの? またハゲるよ?」 「賢治、久しぶりだな。母さんは元気か?」 「あぁ、元気だよ」 妻と息子は半年前に家を出て行った。総理大臣になって仕事が鬼のように忙しく、それだけが原因ではないと思うが、それから息子は時々帰ってくるが妻は帰ってこない。いわゆる別居中というわけだ。 「賢治、お前はデザイナーの仕事頑張ってるのか?」 「あぁ、すごく楽しいよ。最近は美容院の看板のデザインばっかりやってる」 「そっか。美容院の数が劇的に増えたからな。お前の仕事に貢献できて嬉しいぞ」 賢治は看板のデザインをしている。私は暇があれば、賢治のデザインした看板を見に行って息子を誇りに感じている。私の父は政治家で、私は自動的に政治家の道を歩んでいたが、賢治にはそんな思いをしてもらいたくなくて、自由な道を選んでもらいたかった。その結果、別居という形だが、お前が毎日幸せであればいいと思っている。 「父さん、たまには三人でご飯でも食べない?」 「そうだなぁ、忙しいからな。また考えておくよ」 「そっか、また来るわ」 帰っていく賢治の背中をぼーっと眺めながら、本当はまた三人で暮らしたいと強く思う。ソファーに腰掛け、スケジュール帳を開く。ビッシリ詰まった予定。総理大臣になってから、本当に休みもないぐらい忙しい毎日だ。家族なんてそっちのけだったから、妻と息子が出て行っても仕方がないと思う。自分の幸せより、やっぱり国民の幸せを考えなくてはいけない。 頭を触り、本当に少しずつ禿げてきたかもしれないと感じる。ストレスだろうか。さすがに誰も、総理大臣の私とヘアスタイル交換などしてくれない。たまにはヘアを変えて気分転換でもするか。 私は運転手に車を回してくれるように頼んだ。 「ヘアスタイルチェンジショップまで」 「いらっしゃいませ、秀野さま」 品のいいショップのご主人。白髪の髪はモーツァルトみたいにくるんとしていて、とてもおしゃれだ。ヘアスタイルチェンジショップには、様々なヘアが売っている。中に美容師がいるので、好みによってカラーチェンジもできるし、パーマなどもかけられる。 「何がいいかなぁ」 ロン毛、七三、テクノカットなど……あるヘアを見つけると、懐かしい記憶が頭を巡る。これは、若かりし頃の私と妻の記憶。 桜並木の下を二人で歩きながら、ヘアスタイルの話をしていた。お互いどんなヘアスタイルの人が好きか? そんな事を話していたんだっけ。 『私は紫式部みたいな、ストレートなロングヘアが好みだ』 私はそんな事を言った気がする。そのヘアの好みは今も変わらないが、今思うとアホらしい事を言ったなぁ〜と恥ずかしく思う。確か妻はあの時……。 「あれをください」 新しいヘアを装着して車に乗り、窓に流れる並木道を眺めていた。すると、紫式部みたいに艶やかなロングストレートの黒髪を発見する。 まさしく、私の理想のヘアスタイルだ! 「おい!停まってくれ!!」 急いで車を降りてその紫式部に声を掛ける。 「あの、すみません!」 「え?」 振り向いたその顔に驚愕する。 「美和子!」 別居中の妻だった。 さらり、と黒髪が揺れ動く。妻の美和子はくせっ毛だったこともあり、私好みのヘアスタイルにしてくれなかった。でも、なぜ美和子が私好みのヘアスタイルにチェンジをしているのだろうか。 「あ、あなた!!どうして……」 「たまたま車で通りがかったら、私好みのヘアスタイルの人が歩いていたから、つい……」 紫式部ヘアスタイルの美和子をまじまじと見つめる。元々色白だから、黒髪がなかなか似合っている。 「何? おかしい? だって、あなた紫式部のヘアスタイルが好きだって言ってたわよね? だから、変えてみたのよ。似合わない?」 妻は髪を摘んで、くるっと一回転してみせた。 私の好みのヘアスタイルをちゃんと覚えていたんだ。だから、わざわざそのヘアスタイルに? 「あ、いや、よく似合ってる……」 さすがに「可愛い」は言わなかったが、顔がボッと熱くなった。そんな私を見て妻は、恥ずかしそうに顔を赤らめている。 「そ、それより、あなたも私好みのヘア覚えていてくれたのね? それ、パンチパーマ」 妻が私のヘアを指差す。さっき購入したくるくるのヘアに私は手を伸ばす。 「あぁ、覚えているよ。変かな?」 「似合ってるわ。カッコいい」 目の前でにっこり微笑む妻は可愛い。その笑顔は、あの頃と変わらず色褪せていない。 私たちは久しぶりに、少しシワの増えた手のひら同士をぎゅっと繋ぎ合わせた。そして、寒風が黒髪とパンチパーマを揺らす中、並木道を寄り添って歩き出す。 「な、なぁ、戻ってこないか?」 「そうね……考えておくわ」 ヘアスタイルを変えるだけで気分へ変わる。 きっと、それだけで幸せになれる。 あなたもヘアスタイルを変えてみませんか? それはきっと、あなたの幸せに繋がる。 もっともっと、幸せに満ち溢れた国になりますように。 そんな願いを込めて…… 「ヘアスタイル、交換しませんか?」 〈end〉
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