モヒカンとロック

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モヒカンとロック

「えっ?!な、何このヘア!!」 私はいつもヘアを枕元に置いて寝る。そして今起きたのだが、いつものサラサラヘアではなく……。 なんと、隣でスヤスヤ寝ている男のヘアスタイルと同じものが、そこには置かれている。 「あ、おはよ……由美」 赤いモヒカンの男が目を覚ます。 「ねぇ!!私のヘアどこやったの?!」 「お前にさ、モヒカンとロックの良さを知ってもらうために交換してきたんだ。由美のヘアをモヒカンヘアをしていた人と」 「はぁ? 勝手に何やってんのよ?!」 「だってお前、モヒカンとロックの良さ、全然分かんないじゃん? モヒカンにしたら良さが分かるんじゃないかって思ったんだ。なかなかナウいだろ? そのヘア」 枕元に置いてあるそれを指差して、ニンマリ笑うマサカズ。全然、ナウいわけない。どっちかって言うと古臭い。あなたがモヒカンとロックをこよなく愛していることは知ってます。40代半ばになっても、ロックミュージシャンになるとか言って路上ライブをやり、コンビニでアルバイトしていますよね? 私は思わずそこにあるモヒカンを掴み、床に投げ捨てた。 「あーーー!!何すんだよ!!」 「もう、限界!!何がモヒカンよ!何がロックよ!いい歳してロックミュージシャンなんか目指しちゃって!ここの家賃や生活費を稼いでるのは誰よ?」 「由美です……」 「そうよ!私!ちゃんと働かないあんたとなんか幸せな未来なんて見えない!ずっと我慢してきたけどもう限界。別れましょ? さぁ、今すぐ荷物をまとめて出て行ってくれませんか? もうここにあなたの居場所はありません!」 プイッ!とマサカズから顔を背けると、私は部屋を出てトイレにこもり、鍵をカチャリとかけた。 しばらくすると、扉を激しく叩く音が響く。 ド、ド、ドドドン! ロックのような叩き方に、余計に腹が立つ。 「由美! モヒカン、そんなにイヤだったのか? すまなかった! 開けてくれ!!」 私はしゃがみ込み、耳を塞ぎ、憎たらしい声が聞こえぬようにお経を唱える。 しばらくロックのようなノックが聞こえるが…… ペタペタと歩く音がすると、ガチャリと玄関の扉が閉まる音が聞こえた。 ようやく、出て行ったか。 私は静かにトイレの扉を開き、寝室に向かう。ベッドの横にはモヒカンヘアが置いたままだ。部屋を見渡す。自分の衣類などは持っていっていない。アイツが持っていったのは、エレキギターと枕だけだった。 *** あれから数日経っても、マサカズは帰ってこない。金もないのに大丈夫だろうか。でもアイツは、モヒカンとロックと専用枕があればどこでも生きていけるヤツだ。だからきっと、私がいなくても生きていけるはず。 私は枕元に置いてあるモヒカンヘアを眺め、アイツの歌っている姿を思い浮かべた。 私は、アイツの歌っている姿に惚れたのだ。 仕事帰り。疲れて歩いていた私に、アイツの元気な歌声が耳に届いた。声がする方へ行くと、数人しかいないお客の中、アイツの赤いモヒカンが月明かりで輝いていた。 ロック調のくせに、歌声は優しくて心をほっこりさせた。私はなぜか涙が溢れ出していた。誰の心にも響かないけど、私の心にはマサカズの叫びとロック魂が響いたのだ。 お客には手を出さないとか言っていたくせに、私に手を出してきたマサカズ。それから何となく付き合いだして、何となく一緒に暮らしはじめて……。 私は知らない間に、モヒカンを胸に抱きしめ、頬を濡らしながら泣いていた。 「マサカズに会いたい……」 モヒカンヘアをツルツルの頭に装着し、玄関の扉を開け放ち、部屋を勢いよく飛び出した。 私は赤いモヒカンヘアで街中を駆ける。 通り過ぎる人たちが指差して笑っても構わない。 モヒカンやロックの良さなんて分からない。 でも、 あんたの良さだったらたくさん知ってる。 私が酒を飲んでこたつで寝ている時には、ちゃんとベッドまで運んで行ってくれる。 私が風邪をひいて寝込んだ時は、ずっと手を握りながらちゃんと看病してくれる。 私なんか忘れているのに、付き合い始めた記念日にはちゃんとケーキと焼酎を買ってきてくれる。 それから、それから…… 私は知らない内に、マサカズがよく路上ライブをしていた場所に来ていた。私たちが出会った場所だ。でも、アイツはいない。 もう、ロックは辞めたの? 私なんてロックなんか分からないけど、あんたの歌声は好きだよ。ロックは続けて欲しい。 でも、ちゃんと働いて欲しい。 だって、そうじゃないと……。 「ヘアスタイル、交換しませんか?」 突如、背後から聞こえた優しい声に振り向く。 そこには、普通のヘアスタイルをしたスーツ姿のマサカズが立っていた。 背中にはもちろん、エレキギター。 「えっ?!な、何その格好?!」 「お前こそ、モヒカン嫌いなんじゃないのか?」 「そんな事より、どうしてスーツなんか……」 マサカズは鼻の頭をかきながら、恥ずかしそうに口を開く。 「ちゃんとした男になれるように、仕事探してんだよ。お前を養っていける男になんなきゃいけねぇだろ?」 「え? そ、それって……」 ニンマリ笑ったマサカズは、私に近づくとモヒカンと普通のヘアを交換する。私は普通のメンズヘアにチェンジする。 そして、マサカズはいつもの赤いモヒカンにチェンジ。スーツ姿にモヒカン? 違和感が満載だが、やけに似合っていて笑える。 この後、迷惑なぐらい恥ずかしいロック調のプロポーズが披露される。 でも、すごくナウくて泣いた……。 私はそんな、モヒカンとロックを愛するあんたの事を、世界一愛しているんだからね。
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