真相

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真相

 鉢の乗ったテーブルの椅子を引く。私が座ると、鉢を挟んだ正面に、ボバル師長も腰を下ろした。 「今年も、月が蒼い……秋には豊作でしょうね」  切り出す言葉に迷い、テーブルの上に乗せた両手の指を動かして、しばらく淡く蠢く影を眺めた。相手は、尊敬する師匠で上司だ。だけど1度芽生えた確信を、自らの足で踏みにじることは出来ない。 「ラッス村も、豊作でしょうね」  顔を上げると、ボバル師長は真っ直ぐに私を捉えていた。眼鏡の奥の瞳に表情は映らない。 「あなただったんですね、師長」 「さて……なんの話かな」  ラッス村の生産物は、ギルドを介して流通している。この仕組みが出来たのは、およそ60年前。豊かな農地が広がる前は、痩せた雑木林が点在し、数家族の貧民が細々と暮らしていたという。 「国花(レオレ)を燃やすことは、重罪です」 「あれは、自然発火だと伝えられているが」  乾燥する北方ならいざ知らず、ラッス村のある南西部は乾燥気候ではない。当時から、大火の原因には人為的な可能性が噂されていた。 「ええ。今となっては証拠はありません」  ゴクリ、喉の奥が小さく鳴る。 「もしも、誰かが意図的に自生株を絶やしたのなら、残った株は高騰します。そして、頃合いを計って、近隣種と交配したと称して“まがい物(レオレニア)”を大量栽培する」  だから、王家の使用は有り得ない。高騰する本物(レオレ)に手の届かない市民達は、こぞって手頃な廉価品(レオレニア)を買い求める。販売元を限定すれば――毎年、建国祭の度に莫大な利益が転がり込むという訳だ。 「王立植物園(ここ)は隠れ蓑には、最適です。むしろ、ここしかないと言っていい。あなたは……あなたが、最高責任者になることが、この計画の完成形でした」 「君の父上は、欲のない御仁だった」  ボバル師長の視線は、少しだけ私を通り過ぎた。彼が見ているのは、かつての上司の幻影か、それとも過ぎし日の想い出か。 「父は、純粋に植物を愛していました」 「純粋、か」  微かに、唇の端が歪んだ気がした。 「私も愛している。この国のこともね」  咄嗟に両手を握り締め、必死で感情を押し殺す。 「あの時、父は、糾弾しようとしていたんですね」  5つめの鉢。あの株が開花したら、花弁は何色だったのだろう。 「リエーヌ、君のことは警戒していたよ。なにか聞いているんじゃないかと……ふ、私としたことがね、恐れていたんだ」 「コルツァ先輩は、どうして」 「彼女は、カンが良すぎた。そもそも、レオレニアなどことを突き止めてしまった」  ラッス村で栽培されているのは、紛れもない黄花。当時のボバル家当主、師長の祖父は、火を放つ前に原種株の種を確保していた。そして、突然変異を利用して、白花を造り出したのだ。これは、以前からある技術。新しい栽培技術でもなんでもない。近隣種との交配云々は、一族の者を最高位の研究者に仕立て上げるための、不遜で恥知らずな大博打(フェイク)――。 「自首してください」 「それで……君は、気が済むのかね」 「お分かりでしょう? 私の胸の内には、あなたが蒔いた種が埋まっています」  その種の名は、憎悪、怒り、軽蔑――気を抜けば根を張り、私の心を支配しかねない。 「だけど――こんな種、発芽させたくないんです。あなたは、偉大な師匠でした」  ぱっちん! 「あっ……」  私達の間で、愛国の象徴(レオレ)が爆ぜた。8枚の黄色い花弁を垂らし、ガラス細工の如き雄しべが溢れる。淡い室内灯を弾き、それはキラキラと聖水を振りまくように神々しく。 「見事だ。式典を飾るに相応しい」  しばしの間、瞳を細めて眺めていたボバル師長は、徐に立ち上がると、私達に向かって深々と一礼し、踵を返した。  私が咲かせた国花(レオレ)は、王宮に飾られることはなかった。  15人目の死因は、心臓麻痺。植物園の温室で、禁断のマンドレイクの苗を引き抜いて事切れていた。 【了】
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